第8話 不老不死のオマケ

「ハジメさん。何かシャツに付いてません?」


 ラブホで夕食を共にしながら、アイが聞いてくる。元々黒いシャツを着ていたので目立っていなかったが、近くで見られれば気付かれもする。


「ナイフが軽く掠めただけだ。とっくに血も止まってる。気にするな」


「……見せてください」


「面白い物ではないし今は食事中だ」


「もしも、毒とか塗ってあったらどうするんですか!」


「そういう形状のナイフでは無かったし、異能者でそんな物を使うヤツを見たことがない。漫画の読みすぎだ」


 勿論、毒を使われるケースを想定した訓練も受けているし、一般的に出回る毒に対しての解毒剤も持ち歩かされている。それでも相手が解毒不可能な毒を使用する異能者である可能性はゼロではない。ただ、そんな事言い始めたら初見の相手と戦えない。もしもの時はまぁ、相討ちになるだけだ。


「いいから見せてください。アイ、こう見えても医療従事者ですから」


「消毒液も包帯もないのに何も出来ないだろ。清潔にして良く寝れば治る」


「見せてください」


「断る」


「…………ふん」


 ふん!?いや、ふんってなに?一応諦めたのか?


「いやしかし、やはり一流とは良いものだ。今日の夕飯はとても美味しい」


「……ハジメさん、昨日と大体同じもの食べてるじゃないですか」


 ラム肉のステーキ、茹でブロッコリー、野菜のポタージュ。ラム肉の油が少々多いのが気になるが、その分味覚を喜ばせてくれる。


「私も素材には気をつけてるがな。火入れ加減とか、調味料とか。私は料理は得意じゃない。プロには勝てない」


「なるほど。この一件が片付いたらご馳走させてください。アイ、こう見えても栄養管理者ですから」


 ……医療従事者で栄養管理者ってなんだ。病院で働くタイプの給食のおばちゃんか?


 私は食事の後で寝るのが嫌いな人間なので、もう一度軽くシャワーを浴びる事にする。着ていた服も全自動洗濯機で洗う。明日には乾いてるだろう。

 アイにも衣服を洗濯することをおすすめしたが、それをしてしまうと裸に備え付けのガウンで寝る事になってしまうから、それには抵抗があるとの事で辞退していた。私は彼女に一般的な男女関係における恥じらいのような物があることに安堵したが、同時に汚くね?と思っていた。しかし、ここに来るまでの間にそこそこの運動量があった割には彼女は殆ど汗をかいてなく、そういう意味ではギリギリ許容できる範囲だ。不老不死だから代謝が極端に低いとかあるのだろうか。


 シャワーを浴びながら明日の事を考える。思えば追撃を避けるためにできるだけ裏路地を通った事が裏目に出た。敵は何らかの手段でこちらの居場所を把握している。であれば、むしろ人の多い通りや公共交通機関を使う方が安全と言える。問題は、敵が一般市民を巻き込むことに躊躇しない場合。先程私が退けた相手は超一流だった。次策でそれ以上の相手が投入されたら、住民への被害は甚大になるだろう。あるいはそうでなくとも開けた場所で複数人に襲われれば分が悪い。こちらには守るべき足枷がある。


「ふぅ。これ以上は睡眠に差し障る。明日考えるか」


 私は浴室から出る。目の前にはアイがいる。え?気配感じなかったんだけど。なにその無駄な隠密性能。


「…………」


「それ、結構深く刺さってませんか?と言うかもう、傷跡が多すぎて痛々しいです。あとちんこデカイです」


 しょうがないので私はタオルを取ってアイに背を向ける。身体を拭いて、ガウンを羽織る。それから改めて彼女に文句を言う。


「風呂上がりの男子を直撃するのは頂けないな。襲われても文句は言えない」


「襲うんですか?」


「いや。そんな事をしている時間はない。早々に睡眠を取るべきだ。ほら、寝るぞ」


「あの、もしかしたらなんですけど、その怪我治せるかも知れないです」


「どうやって?」


「唾つければ」


 そう言うと彼女はこちらに近寄り、傷口を一舐めする。


「オイ……。またシャワー浴びなきゃだろうが」


「それ、非常に失礼じゃないですか?ちゃんと歯磨きしましたから!それより、傷口を見てください」


 変化は劇的だった。私は目を疑う。先程まで胸に空いていた穴は綺麗に塞がっていた。痛みもない。まるで、最初から何もなかったかのように。


「良かったです。子供の頃に怪我した時に、唾付けとくと本当にすぐ治っていたので。もしもその能力が強くなっていたら、ハジメさんの怪我も治せると思ったんです」 


 これも、不老不死の付帯効果なのだろうか。それにしてもヤバいな。こんな能力、誰かにバレたら最後、その後の人生に自由はないだろう。いや、既にバレてるのかもしれない。


「助かる。これで明日も万全な状態で君を守れる。大船に乗ったつもりでいてくれ」


「……ハジメさん、おかしいです。何で見ず知らずのアイのために、平気で命を掛けられるんですか。てっきり謙遜だと思っていましたけど、本当に一歩間違えれば死んでいたのはハジメさんだったんじゃないですか」


「別におかしくはない。至って平常。異能者との戦いはいつだって命懸けだ。俺のような無能力者なら尚更」


 そうでなければ、どうして怪物に人間が渡り合えるというのか。それに実際の所は私自身に命を掛けているという認識はない。ただ、そうしなければ勝てないからそうしているだけ。自分の命にそこまで価値も感じていない。何故ならば、私にはもう、そこまで深い繋がりのある人間がいない。もう、欲しいとも思わない。余計な事を考えたくない。だからそう。私はただ、強くありたい。


「短い付き合いですけど、アイ、ハジメさんが死ぬのは嫌です。次にもしも同じような事があったら、ハジメさんは逃げてください。大丈夫。アイには未来が見えるし、多分ですけど、アイは死のうとしても死ねないでしょうから」


 存外賢いのかもしれない。昨日自分の身に起きたことと、放たれた刺客の異常性から自分の異能を推定したのだろう。不老不死。私もそう思う。でなければ、小娘一人にあのレベルの異能者は雇わない。おそらく持っていた5千万円は前金だろう。依頼が完了していればそれ以上の報酬があったに違いない。つまり、アイにそれだけの価値を見出だしている人間がいるということ。


「……そうか。そうだな。私も積極的に死にたい訳じゃない。分かった。状況によっては撤退も視野に入れよう」


 その後でもう一度助ければ良いだけのこと。幸い私にはとても有能な安全監視官の知り合いがいる。


「約束ですよ」


「よし。では私はシャワーを浴びる。もう覗きに来るなよ」


「あ、やっぱりもう一度シャワー浴びるんですね。ちんこでかいくせに失礼です」


 潔癖症だからな。ちんこでかいのとは因果関係はない。


「もう少し、女性らしい言動を心掛けるべきだと思う」


「…………ふん」


 そう言って彼女は脱衣場から出ていく。


 いや、だからふんってなに?


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