第7話 第一の刺客
対異能者戦において重要な事、それはズバリ情報。どんな能力を使うかが分かっていればその対策を事前に考えておけば良い。政府警備隊における模擬訓練を私は評価しているが、そういう意味ではお遊びと言わざるを得ないだろう。現実では相手の能力は分からない。現実では相手はこちらを殺しに来る。じゃあ、どうすれば良いか。
私は敵に接近。即座に最大速度まで加速。それに対して敵は迎撃姿勢。懐に手を伸ばす。ナイフを取り出し構える。2m近い身体とは言え、本来であればそれが届く間合いではない。しかし敵は関係なく腕を突き出してくる。私自身のスピードと相まってナイフは凄まじい勢いで正確に私の心臓を狙う。良く分からないが、多分、それが出来る能力なのだろう。
「……シィッ!!!」
私は速度を維持したまま、数瞬後に届くであろう敵の手首を狙って手刀を放つ。
バキィ!
関節を破壊する嫌な感触。
グシャ!!
私の間合い。敵の足を地面ごとを踏み抜き、
ズゥゥゥゥゥン!!!
鳩尾に突き刺さる肘打ち。
私の体重と全力疾走により発生したエネルギーは、急制動により全て相手に流れ込む。
動きを止めているので衝撃を逃がすことも出来ない。
カッ……。
離れ際、手の甲で顎を打つ。念のための駄目押しだ。
……カラン。
敵の手を離れていたナイフが、今更ながらコンクリと触れ合う乾いた音が響く。
バタ……。
うつ伏せに倒れ混む敵。完全に沈黙。死んでいるからな。
「……終わったんですか?」
「ああ」
「ええ!?なんかヤバい雰囲気出してたくせに一瞬じゃないですか!」
「ヤバい相手だったのは間違いない。君を昨日襲ってきた相手もそれなりだったが、コイツは超一流の域だ。実際、ナイフを弾けなかったら死んでいたのは私の方だし、戦闘が長引けば隠し種にやられていたかもしれない」
対異能者戦における鉄則。それは勝負を速攻で決める事だ。相手が力を披露する前に倒せばどんな能力だろうが関係ない。必要なのは相手の初撃を見極める経験と反射神経。加えて一撃で敵を葬れるだけの技。そして、殺す覚悟。
私は臆病だ。だから慢心しない。一方で私と相対する異能者はそうではない。勿論、能力者同士ではその限りではないのかもしれないが、私はそこそこ有名で恐らくこの襲撃者も私が無能力者であることを知っていたのだろう。異能者が虐げられていた時代がある。それは今だってゼロじゃない。ただ同時に、異能者側もその能力が強大になるほど無意識に他者を見下してしまう。相手が無能力者なら尚更。だから、私程度にやられてしまう。
「ちなみにあの人、5千万円持ってるらしいけどどうします?」
え?そう言えばそんな事言ってたけど……。盗っちゃうの?マジで?
「あ。でも、まだもし生きてたらどうしよう。怖いです」
いや?逆に死んでる奴の懐まさぐる方が怖くない?どういう神経してるの?
「もう死んでるから、それは大丈夫だ。お金に関しては、私は必要ないが、今後君の生活もどうなるか分からないから頂く事に関してとやかく言うつもりはない」
「やった!直ぐ済むので、ちょっと待っててください」
「現金だけにしておけよ。足が付くかもしれない」
アイは敵に向かって歩き出す。途中、こんな疑問を挟む。
「ところで、この人の能力って何だったんでしょうね」
「他にもあったかもしれないが、腕が伸びてたな」
「ルフィじゃないですか。ぶっちゃけ能力ショボくないですか?」
言いながら相手をひっくり返してゴソゴソやってる。逞しいな。
「そうでもない。むしろその位の能力の方が、既存の格闘技の体系に加えやすいから強かったりする。ちゃんと訓練すればの話だが」
「へぇ。って言うか、もしかしてこの人、打撃効いてないんじゃないんですか?ゴムだから!」
いや、ゴムでも効くと思う。よっぽど硬質なゴムでもない限り、逆に内蔵に直接ダメージが通りやすいのでは?まぁ、打ち込んだ手応えとしては常人と大差は無かったが。
「……あ!」
「どうした!?」
そんなはずは!まさか、本当に!?
「この人、めっちゃ良い身体してます!」
「そうか……」
このレベルの人間なら大概そうでしょうね。
…………。
私とアイは行動を再開する。
出来ればどこかで夕食を挟みたかったが、思いの外敵の追撃が早かったためそう言う訳にもいかず、かといって通常のホテルに泊まるのも危険だ。したがって取れる選択肢は非常に限られてくる。
「ハジメさん。あの、ここは……」
「無人のラブホだ。カメラ等もない。訳ありの大物や芸能人が良く使う。仕事柄、私も希に使う事がある」
監視社会と言うのは非常に厄介で、今回の件もそうだがその恩恵を受けるのは何も政府側だけではない。情報は命だ。長時間の張り込みや潜入捜査に使うため、あえてこういう施設が認可されている。その数は多く公式のマップ等へ記載はない。また前述の通り各界の著名人が使用することも多いので、設備的なセキュリティは強固。その性質上トラブルが起きる事もない。あえて言うなら、使用料金が極端に高額なのが玉に瑕。仕事上では経費だが今回はプライベートだからな……。
「やっぱり、そういう……」
「いや。明日も何があるか分からない。今日は疲れただろう。お互いに十分な休養が必要だ。残念ながらそういう事をしている時間はない」
うん。マジでない。普通に疲れた。美味しいもの食べて早く寝たい。このホテルの良い所は、お金さえ出せば一流シェフの食事を宅配してくれる所だ。お金さえ出せばな。
私達は中に入る。幸い部屋は空いていた。部屋の中はラブホというより五ツ星ホテルのスイートルームといった体で、外観とは大きくかけ離れている。ラブホなんだからどうせ二人で来るのに何で四人掛けのソファーとか置いてあるんだろう。ベッドも無駄にでかいし。
「え。ハジメさんこれ……。凄っ!!!しゅごしゅぎましゅ!!!」
「私も初めて来たときは目を疑ったよ。さて、夕食を取ろうか。メニューを決めて、届くまでに少し時間が掛かるからその間にシャワーを済ませよう」
備え付けの辞典みたいな厚さのメニューを目を輝かせながらパラパラめくるアイ。私もその横で同様のメニューを開く。なるべくいつもと変わらない夕食になるよう気を付ける。
「……ハジメさんこれ、どれも美味しそうですけど値段が書いてないです」
「ここに泊まりに来る人間は気にしないからな」
「もしかしなくても、ここの料金って高いんですか?」
「そうだな。私の月の手取りくらいはするな」
「……さっき、お金貰っておいて良かったですね」
「いや。私が出す。君は気にするな」
「流石に気にします。ここはアイが出します」
「……分かった。すまない」
棚ぼた的なお金だし、いいか。
「あ!言っておきますけど、これとアイの出来うる限りのお礼とは別ですから安心してください!」
「そうか」
これ以上のお礼は難しいんじゃないかと思ったが、余計なので言わないことにした。
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