第6話 国際異人管理館

「何故ここにいる?」


 仕事の帰り道、食材を補充するためにスーパーに立ち寄ろうとした所、駐車場でアイと出くわす。一応変装はしているようだがどこに人の目があるか分からない。今の所、私自身に監視の目は無いが……。


「知らない人が来て、アイが殺される未来が見えたんです。だから、逃げてきました」


「そうか」


 最悪だ。私のマンションは既にバレているということ。帰ったら即戦闘だろうか。いや、アイは実際こうしてここにいるわけだから、案外私への疑いは晴れていて何事もないかも知れない。


「そんなわけないか……」


「え?」


「何でもない。何があるか分からないから、お金を下そう。今日は家には帰らない。どこかで夕御飯を食べて、ホテルに泊まって、それから明日、国際異人管理館に君を引き渡す」


「政府警備隊じゃダメなんですか?」


「分からない。確実に白とは言えない。もしかしたら私の動きも監視されているかもしれないから、すぐにここを離れよう」


 ……国際異人管理館。異能が一般化してその問題が表面化してきた一方で、改善されてきた事もある。いわゆる人種や性別、宗教の違いから来る差別だ。異能のタイプによっては外見上にその特徴が現れる場合があり、うちの隊員の中にも尻尾や角が生えていたりする者がいる。その数が少なければそれこそ迫害の対象になるが、今や人類の3割が何らかの能力に目覚めている。そしてその割合はどの人種、性別においてもほぼ同じであり、だからこそ全ての人間は平等なのだ、という考え方に変わってきたと言うわけだ。

 歴史的にはそうだが、現在に至るまでの間、当然異能者が排他されていた時代もある。彼らが自暴自棄になって大事件を起こさないように国際的な保護を目的に設立されたのが国際異人管理館だ。なんだか名称自体が差別っぽいが、逆にもう違うものは違うのだから柔らかい表現にする方がかえって差別だろうという判断でそのままになっているらしい。今では異能者の職の斡旋や、残念ながら異能が原因で親に捨てられた子供の保護を行っている。同時に異能者による私設の武力団体も有しておりその戦力は政府警備隊に勝るとも劣らない。アイが平穏に暮らすにあたって最も信用度が高い組織と言える。


 監視網を掻い潜るために裏道を通る道すがら、私は思わず溜め息をつく。


「……ふぅ。まぁ、明日が休みで良かったと思おう。説明が面倒だし。というか業務時間外に何をしようが私の自由だよな?うん。それにそう、ルーチンが乱れるのは気に入らないが、有事の際に発揮してこそ日頃の鍛練の意味があるというもの」


「あ、あの。アイなんかのために、すみません」


「ああ、いや、すまない。独り言だ。君は何も気にしなくて良い。私は君を助けると決めた。であれば何があろうとそれを達成する。私は、ヒーローだからな」


「でも、分からないですけど、多分この状況は異常で、政府警備隊も信用できないのだとしたら、その、もしかしたらハジメさんの立場も悪くなるんじゃないかって。アイのためにそこまでして貰っても、返せるものがないです」


 そうかもしれない。業務時間外だから給料は出ないし休みは潰れるし何なら命の危険もある。仕事も失うかもしれない。デメリットを挙げればキリがない。一方で私にメリットない。だからこそ、もしかしたら彼女は私の事を疑っているのかもしれない。タダより高い物はないのだ。ふむ。昨日からの状況、確かに私なら私を信用しない。信頼関係が十分でない場合、いざというときに適切な行動が取れなくなる危険性がある。それは不味い。


「そうか。じゃあ、そうだな。君を日常へ送り届けることが出来たら、君が出来うる限りのお礼をしてくれ」


「そ、それは、えっちなアレも含みますか……?」


 うん。最初にそっちに行くのはどうかと思う。


「含んでも良いが、別に含まなくても良い。とにかく考えうる最大の謝礼だ。人によっては単純に金銭かも知れないし、君の言うように体で払うのも一つの手だろうな」


「……すみません。また、気を使わせてしまってますね」


「謝らなくていい。私自身こうして他愛のない会話を楽しんでいるよ。オフで女性と話すなんて、いつぶりだろう」


 あれから、もう6年か。おかしいな。一日一日が無限に感じられたのに、気付けば一瞬だ。何があっても人は忘れてしまうのだろう。多分、そういう保護回路が働いているのだ。


「え?ハジメさん、彼女いますよね。だって女性用の服とかありましたし……。まさか、そういう趣味ですか?え、マジですか?でも安心してください。アイはLGBTに配慮した存在ですので」


 どんな存在だ。


「深読みしなくていい。君が見たのは妻のものだ。もういないのだが、なかなか、捨てる機会がなくてな」


「もういないって、どこにもいないって意味ですか?」


「そうだな。別に珍しいことじゃない。人間誰だっていつかは死ぬ」


「それは悟りが過ぎるというか……。彼女さんのこと、愛してなかったんですか?」


「そうかもしれない」


「そんな人にアイの身体は捧げられません!」


「そうだな。私もそう思う。捧げない方が良いだろう」


 …………。見られている。どうするか。逃げる?駄目だな。アイがいる以上、逃げ切る事は困難だろう。選択の余地はない。


 人気はない。カメラもない。ここなら少々暴れても問題無いだろう。


「ハジメさん?どうしたんですか?やっぱり捧げた方が良いのでは?」


「アイ。そこから動くな。静かに、じっとしてろ」


「…………」


「良い子だ」


 私とコンクリートの壁の間にアイを立たせ、臨戦体勢に入る。物陰から、身長が2mはあろうかという黒づくめの大男が現れる。


「気が合いますねぇ。アタシも、そろそろかなぁって、思ってたんですよぉ。その殺気といい、貴方、本当に表の方ですかぁ?」


「私達に何か用か?デートの最中だから、手短に済ませたいのだが」


 私の発言に対して、大男は大袈裟に笑う。


「またまたぁ。分かっててその娘を連れてるくせにぃ。素直に引き渡してくれたらぁ、それで済むのですけどぉ。そうだぁ!アタシ、争い事、嫌いだからぁ。たまたまここにぃ、現金で5千万円ほど用意してるんだけどぉ、それで、手打ちにしませんかぁ?」


「足りないな。それだけじゃ、仕事辞められないだろうが」


 大男は緩慢な動作で徐々にこちらに近付いてくる。コイツは、最初から私を殺す気だ。提案に意味はない。が、明確な決裂によりその敵意はより深く沈む。


「……んふふ。ですよねぇ。それじゃあ、死愛ましょうかぁ」


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