第5話 ストレングスの意味

 昼休みが終わり午後の業務に入る。今日は他の隊との模擬訓練になる。模擬であるが、どの隊員も皆真剣な表情をしている。理由は一つ。模擬戦の結果がボーナスに響くから。おまけにその影響度はえげつない。模擬戦はある程度の階級別で総当たり戦が行われる。人数が多いし緊急時に度々延期されるため約半年を掛けて行われる。その結果の上位者と下位者では配給金額にして200万円もの差が付く。とても公務員とは思えない制度であるが私は賛成派だ。自分を高める上で明確な目標はあった方が良いし、それに報酬が付くなら尚更。階級毎に分けているから誰しもがその恩恵に預かれる可能性がある点もポイントが高い。


「隊長、それでは行ってきます」


「ああ。怪我だけしないようにな」


 私の隊のコウタロウが舞台へ上がる。彼は中級での参加になる。お相手はベンド隊のユキ。彼女の能力は「重力」。かなり強力な能力には違いないが、いつも通りやれば負けることは無いだろう。


「ストレングス。随分と余裕そうね」


 ベンド隊の隊長であるユーリが話しかけてくる。


「そうでもない。ただ、重力操作であれば少なくとも大怪我は無いだろうと思っている。あとその名前で呼ぶな。恥ずかしい」


 なお、模擬戦はあくまでも模擬である。凶悪な異能者と対峙した際の対処訓練が目的であって、怪我でもして出動不能になったら元も子もない。したがって模擬戦時には各々が特殊な腕輪を嵌められている。その腕輪は特殊なバリアを発生しており受ける衝撃が1/5になる。バリアは同時にダメージカウンターでもあり、一定以上のダメージを受けた時点で試合は終了する。通常の範囲の戦闘であれば致命的な怪我をすることはまずない。


「そう?良いじゃない、ストレングス。ただ単純に【力】を意味する記号。貴方を表すのにこれ程適した言葉もないと思うけど」


「私はそこまで強くない。それに一位なら別にいる」


 ここ最近の模擬戦における上級の覇者。ライトニングことユーイチ。その二つ名が示す彼の能力は「雷」。電気を放出して相手を攻撃したり、自身に使用することで限界を超えた速度で行動することが出来る。私は密かに彼の事をピカチューと呼んでいる。


「だって、実戦なら負けないでしょう?もしバリアがなければ一撃で終わりじゃない」


「それはお互い様だろう」


 などと雑談している間にコウタロウとユキの戦闘が始まる。


 先に仕掛けたのはユキ。一見すると何も考えず突進しているように見える。と言うか体当たりしてる。単純な筈のその攻撃を、しかしコウタロウは避けようとしない。どっしりと構えている。それでいい。正解だ。


 体当たりはヒットする。倒れたのはユキ。周囲がざわつく。直ぐに立ち上がり一旦距離を取るがふらついている。ユーリが驚きの声を挙げる。


「……なんで?貴方の所の子、正直大した能力じゃないでしょ?何したの?」


「コウタロウは能力を使ってない。ただ攻撃に備えていただけだ」


「そんなはずないでしょう。ユキは能力の使い方を良く分かってる。さっきの攻撃だって、スピードを十分に載せてから自分の周囲の重力を操作していた。敵の動きを阻害すると共に、攻撃の威力を高めるユキの必勝法。遠隔での攻撃手段を持たない相手に負けた事はないのに」


 今度はコウタロウから仕掛ける。使うのは至ってオーソドックスな格闘術。当然それに対してユキも反撃を行う。おそらく彼女は先程と同様に、自分の攻撃が当たる瞬間だけ重力を上げていると思われる。しかし彼女の攻撃は全ていなされる。コウタロウの攻撃は全てヒットしている。ユキは初撃の混乱から立ち直れていない。一方的な試合だ。


「……そうだな。例えばだが、高速で走るトラックが巨大な岩に衝突したらどうなる?」


「トラックが壊れるわね」


「つまりはそういう事だ」


「だからそれをどうやったか聞いてるんだけど」


「色々あるが、要するに重心を下げて身構えた。コウタロウが立っていた地面を見てみろ」


 クッキリと足の形で地面が陥没している。昨日私が暴漢に対して行った事と同じだ。もう少し上手くやればそれだけで試合は終わっていただろうが、及第点ではある。


 程なく試合は終わる。勝者はコウタロウ。うん。悪くない。練習通りに動けている。アイツは筋が良いな。あと2年もすれば上級入り出来るだろう。


「ふーん。で?結局能力を使わず終いだったのは?舐めてるわけ?強い弱い以前に、礼儀がなってないんじゃないの?」


 ……こわ。だから女は嫌だ。対戦者のユキも泣いてるし。バカにされたとでも思っているのだろう。そんな風に簡単に心が乱れるから、折角強い能力を持ってても勝てないんだって何故分からないのか。言ったらヒスりそうだから口には出さないけど。


「そんなことはない。コウタロウは、対戦相手の事を事前に研究している。試合の一週間前からは、それこそ相手を意識した練習を取り入れている。業務が終わってからも飽きずに彼女の試合映像を見ていた」


「それはちょっと気持ち悪いわね」


 そうだね。


「私も上官として、当然コウタロウにアドバイスをしている。能力を使わなかったのは、使わない方が勝率が高いと判断したからだ」


 コウタロウの能力は「体液」。例えば汗を自在に出したり、それの粘性を変えたりできる能力だ。必ずしも戦闘向きとは言えないが、応用次第では生かすことは可能。しかし私はそれを推奨しない。


「……基本的に、私は部下に対して戦闘に能力を使うことを勧めていない」


「なんで?使える物は有効に使うべきでしょう?」


「能力による。それこそユーリの歪曲や、ユキの重力のような強力な能力であれば選択肢に入れても良い。だが、残念ながら私の部隊に配属される隊員の能力はそうではない。格上相手への不意打ち的な切り札として持っておくならまだしも、通常の戦闘に取り入れるメリットはない。各々が持つ異能を最大限に発揮する武術体系なんて存在しないからな」


 武術にはそれがなんであれ型がある。型とは歴史だ。過去の偉人達が積み上げてきた経験の結晶。より効率的に人を壊す、あるいは攻撃から身を守るための。例えば「体液」を戦闘に取り入れるとする。それを対人戦に最適化させるのにどれだけの年月が掛かるだろう。自力で流派を作れるような天才でもない限り、一生掛かっても辿り着けはしない。


「要するに、既に完成している武術を極める方が効率的だ。私自身に能力がないから、そもそも部下に教える事も出来ないしな」


 それともう一つ重要な事がある。汎用武術であれば替えが効く。個人に何かあっても、即席のチームでも簡単に連携が取れる。私の担当地区の成績が良いのはもちろんハルの功績が大きいが、チームとしての安定性が高いのも一役買っていると思っている。


「ふん。いいわ。次にやる時までにユキはもっと強くなるから。覚悟しておいてよね」


「ああ。こちらも全力を尽くす」


 頑張るのはコウタロウだけど。


 本日は三試合目が終わったところで出動要請が入って延期になった。やれやれ。ちゃちゃっと終わらせて、定時で帰りたいものだ。アイが余計な事をしていないか気になって仕方ない。


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