第4話 安全監視官の仕事

 安全監視官。異能による凶悪犯罪から直接的に人々を守るのはいわゆる実行部隊である私達であるが、仕事の重要性で言えば圧倒的に安全監視官に軍配が上がると思っている。例え私がどれだけ強かろうが、その手が届かなければ何の意味もない。武力なんてものは一定水準を超えていればそれで十分。私が死んでも代わりはいるもの、てなもんだ。でも、ハルの代わりが務まる人間を探すことは非常に困難だろう。


「ようこそハジメ。君から褒められるのは素直に嬉しいよ。安全監視官なんて他の皆は裏方程度の認識だからね。君がいるからボクはこの仕事を続けていると言っても過言じゃない」


「…………」


 いや、まだ何も言ってないが。というかハルは入ってきた私を確認すらしていないし、なんなら今もこの巨大な部屋にある数千に及ぶモニターをぼんやりと眺めている。なんなの?ニュータイプなの?ずけずけと人の心の中に入るな?まぁ実際そんな感じの能力なのだから仕方ない。


「悪い悪い。仕事以外では無闇に使わないようにしてるんだけど。でも、君はボクに好意的な感情を向けてくれる数少ない、というか唯一と言っていい人間だからね。ボクだって癒しが欲しいのさ」


「そんなことは無いだろう。私の部隊にも貴女に好意を向けている隊員はいる」


 彼女はいわゆるたぬき顔の美人だ。身長は低く、年齢も20半ばと若い。そしてたぬき顔の例に漏れず豊満なルックスをしている。一人称がボクなのと無駄に偉そうな喋り方に目を瞑れば、女性として最上位の優良物件と言って良い。


「それは好意じゃない。ただの性欲だよ。そしてそれでさえ、少しでもボクと関わって、ボクの能力を肌で感じたら消えてしまう」


「貴女に釣り合うレベルの人間はそういない。難しいところだ」


 ハル。彼女の能力は感情受信。と言っても例えば私のこの思考の一言一句が正確に分かる訳ではなく、あくまで感情のみだ。彼女の能力の凄い所は、モニター越しでもそれが分かる事。こうやって眺めているだけで被害者のSOSを瞬時に察知できる。この地区は他と比べて圧倒的に重大事件発生数が少ない。何故なら、そうなる前に潰すことが可能だから。

 なんて素晴らしい力だろう。そして何より、この能力を人々のために活用できる彼女が素晴らしい。もはや聖女の域。自分の感情が多少読まれた所でなんだと言うのか。


「いやはや流石に聖女は言い過ぎだ。イタリア人でもそんなキザな台詞は吐かないよ」


「思ってるだけで言ってないけどな」


 彼女の能力で受信できるのは感情のみ。……少なくとも公式の情報ではそうなっている。直接確認した事はないが、極少人数に絞って集中すれば、完全かそれに近い思考受信が出来てしまうのだと私は思っている。今のやり取りもそうだし、そういう場面に何度も遭遇している。そして、人によってはそれに耐えられないのだろう。


「人間誰しも、人に知られたくない、後ろめたい事を考えてるものだよ。それで?今日は何の用事かな」


「……昨夜、大田区蒲田4丁目付近、2043時」


「特に何もないね」


「……そうか」


 ハルが認識していないのであれば、政府内で隠蔽しているわけではない。しかし、だとすれば逆に総監が私だけを残した理由が分からなくなる。アレは何かしら知っている雰囲気だった。


「ボクが口止めされている可能性があるよ」


「それならそれで良い。その結果、私に危害が及ぼうが及ぶまいが、貴女がそうするべきだと判断したならそれは正しい事だ」


「寂しいこと、言うなよ。ボクが、君を犠牲にしてまで正義を為すと思うかい?」


「そうだな。すまない」


「……ねぇ。もしもだけど、ボクを殺せって指示が組織から来たらどうする?」


「状況による。だが指示を鵜呑みにはしない。おそらく、そうしなくても良い理由を私は全力で探すと思う」


「殺さなくても良い理由が見つかったとして、それで組織と敵対する事になったら?」


「貴女を連れて、どこか別の国へ逃げる」


 今の立場を捨てて。過去に起きたことも忘れて。それはとても幸せな想像だ。ハルを殺せという指示がなくたってやろうと思えばできる事。でも私は、きっとそれを選択できない。そんな風に自分が幸せになることを、私は許すことが出来ない。


「ねぇハジメ。……今夜、ボクのウチに泊まらない?」


「それは出来ない。日常のルーチンが大幅に崩れる。それは私のパフォーマンスの低下、ひいてはこの担当区域の民間人を危険に晒すことになる」


 嘘ではないがそれは建前。本音を言えば、私と親密になることでハルに危険が及ぶ可能性を私は看過できない。もしもがあれば人類にとって大きな損失だ。……いや。もしもがあれば。私はもう、立ち上がれないだろう。


「全く、君はいつになったらボクのラブコールに答えてくれるのか。怪我でもして、早くヒーローなんて辞めれば良いのに」


「縁起でもない」


「冗談だよ。どうせ君は怪我なんかしない。君は、強いからね」


 そうだろうか。確かに隊長に就任しているのだから客観的に見てもそうなのだろう。だがまだ足りない。もっと強くならないと。私には異能がない。追い込んで追い込んで。自分を完璧にコントロールして。常にパフォーマンスを最大に維持して。そうでもしなければ、私はこの役を十全にこなせない。そうでもしなければ、また私のせいで人が死ぬ。


「……ああ、すまないが、そろそろ休憩時間は終わりだ。仕事に戻る」


「もう?ずっと居れば良いのに。この仕事、楽なんだけどさ、目を離す訳にはいかないから他に何も出来ない。結構退屈なんだよ」


「今度、おすすめのオーディオブックでも持ってくる」


「期待して待ってるよ」


 私はハルの元を離れる。何もなければ午後は訓練だ。


 事件なんて、起きなければ良い。

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