舞台(リフレーズ)

小原光将=mitsumasa obara

舞台(リフレーズ)

 これという前触れもなく語り出されるとりとめのない話は、ここ数日どういうわけか睡眠という睡眠をすべて排除して過ごす少年の、夢と現実とのおぼろげな境界をふらふら渡り歩くような意識には、とうてい理解し得ない。それが分かっていて、講義開始五分前の騒然とした講堂で、隣に座る少年にさして重大でも愉快でもない日常生活のあれこれを語って聞かせる少女には、端から少年の気を引こうとか、知り合って間もない男女特有の不自然な沈黙を紛らそうとかいう考えは一切ない。ただそこにあるのは、少女の語りの合間合間に、うん。そうだね。なるほど。確かに。等々の、肯定というよりも迎合と呼ぶべき文字列をさながら句読点を打つように挿入する少年を、都合のいい話し相手として最大限利用しようという魂胆のみであった。

 眠らないきみに訊くのもなんだけど、と以前少年がどこかで見せた話題を挙げることで、少女の語りは始まる。最近わたし、眠れないのよね。はじめは単に寝つきが悪いっていうだけだった。部屋の明かりを全部消して布団の中に入るのだけど、目が冴えてなかなか寝に入れない。無理に目を閉じていても、頭の中でいろんなことを考え始めて、増々意識がはっきりしてくる仕方がないから本でも読もう、とびきり難しくて長い海外文学でも読んでいれば、そのうち睡魔がわたしのところに降りてくるから、とか思って読みはじめた小説が、思いのほか面白い。結局それを一晩中読み続けて、気づいた時には朝になっていた。ちょうどその日は午後から講義だったから、昼まで限りなく本眠に近い仮眠をとって急場をしのいだのだけど、すると今度は夜に眠れなくなる。無理に眠ろうとしてもむしろ頭の中にぐるぐると同じ図形が回転していく図像が浮かんできて、まるでフラクタルの構造に無限に近づいていくのを眺めているような、そんな感じがしてくる。仕方がないから、昨夜読んだ難解で壮大な海外文学のつづきでも読んでいればそのうち眠くなるかしら、とか思って読み始めた小説が、例によって面白い……。

 こんなことをしているから眠れないのよ。それはわかっている。だけど、この悪循環を改善しようという思いがどういうわけか湧いてこない。もしかしたら、わたしは眠れないのでなくて、眠らないのかもしれない、なんて、思ったりする。昼よりも夜のほうが、時間がゆっくりと流れるから、そのせいもあるのかもしれない。日が昇っている間はよく眠れるの。ぐっすりとね。ねえ、いったいどうすれば眠れるのかしら。眠らない君に訊くのもなんだけど、と少女の延々続く語りに、ようやっと他者への問い掛けが持ち出されたとき、いつのまにか壇上に上がりマイクの具合を確かめていた客員教授が、これという前触れもなく前回の講義の要点を話し出す。と、一斉に講堂が静まり返る。少女のほうも、ほころんでいた口元をキッと引き締め教授の話に集中する。語りの合間合間に絶えず迎合を意味する文字列を挿入していた少年に向けて放たれた問い掛けは、しかし誰にも答えられることなく、講堂の張りつめた空気の中をふわふわと漂ってゆく。


 さして重大でも愉快でもない私生活のあれこれをさも意味ありげに語るわたしの語り口を、これほど熱心に聞いてくれるのはきみくらいのものよ。もっとも、きみが内心でどう思っているのかなんてまるでわからないし、もしかするときみは、わたしのとりとめもない話題に肯定というより迎合と呼ぶべき言葉でもって合いの手を打っているだけなのかもしれない。うん。そうだね。なるほど。確かに。等々の思考を一切必要としない文字列しか話さないのは、きみがここ数日睡眠と呼べるものをとっていないのと何か関わりがあるのでなくて? と少女がふたたび持ち出した問い掛けに、さあ。どうだろう。少年は答える。いや、答えを放棄する、とでも言うべきか。

講義を終えて少し騒がしくなった講堂の弛緩した空気の中に先ほど少年が返答し損ねた問い掛けはもう残っていない。そのかわりと言っては何だけど、という風に新たに打ち出されたそれは、否定とも肯定ともつかない文字列によって早々に撃ち落とされてしまった。

 国語教師が結婚して姓を変えたのは、わたしが高校一年のころだった。彼女の見た目はとてもきれいとは言えなかったけれど、明るくてユーモアのある語り口は男女問わず人気があって、現代文の授業の合間合間にこれという前触れもなく語り出されるとりとめのない話題だけを楽しみにしてその授業を受けている生徒も少なくなかった。かくいうわたしもそのうちの一人だったのよ。けれど、いまになって、彼女が授業中にどんな話をしていたのか、ほとんど記憶にない。ひとつ覚えていることと言えばどういう経緯でか紹介することになった谷崎純一郎の小説「痴人の愛」の英題が「Naomi」ということぐらいかしら。

Naomiというのは言うまでもなく「痴人の愛」のヒロイン・ナオミのことだけれど、どうしてこんなしょうもないことを覚えているのかといえば、わたしの名前が奈緒美というからに違いない。いや、理由はもうひとつあるか。

 物語のあらすじと谷崎の変態チックな作家性と、そしてそのとき新たに生まれたナオミズム――これには苦笑した――とかいう言葉を、普段では想像もできないほど真剣に紹介すると彼女はまだ授業終了の五分前だというのにこれといった挨拶もなしにそそくさと退室してしまう。これがあったその翌日、彼女は、自分が婚約したことを発表する。言うまでもないことだけど、彼女はとても幸せそうだった。

 婚約の発表とその前日にあった彼女らしからぬ言動とのあいだに何の因果関係があったのか、あるいはなかったのかは今や知る由もない。生徒たちのあいだでは、あのときの少しばかり奇妙な振る舞いは直前彼氏にプロポーズされたことへの動揺によるものだ、とかほかにもいろいろな憶測が飛び交ったのだけど、結婚式を挙げ、籍を入れ、姓が小林から河合に変わるころには、もはやそれは些事に成り下がっていたの。

「河合先生」という新しい呼び方に慣れ始めたころ――結婚してから大体一か月くらいが経っていたのかしら――、彼女はさして重大でも愉快でもない日常生活のあれこれを語るのと同じように、自分が子どもを授かったことを生徒らに伝える。驚くべきは、妊娠をさも当然のことのように語るとりとめのない語り口ではなく、発覚の時期から考えて、その子どもを授かったのが婚約の決まる以前だったということ――こんなことを考えるのは、わたしだけだろうか。彼女を取り囲み、結婚の発表のとき以上の祝いの言葉を投げかける教師生徒たちは、果たしてその事実に気付いていたか、いなかったか。

 日増しに膨張してゆく彼女の腹部をみて、得も言えぬ感動と同時に、見てはいけないものを見てしまったような妙なグロテスクさを覚えたのは、わたしだけではなかったはず。しかし誰ひとりとしてその胸奥を吐露するものはいなかった。 奇妙なものを奇妙だとはっきり言えたらいいのに、わたしたちは心のどこかでそれを禁止し、正しさを他者に――もしくは他者としての自分に――求めてしまう。

 いつのころだったか、授業の合間合間に大した意味もなく挿入されるとりとめのない語り口が、新聞の切り抜きのあとのように不自然なかたちの穴を残して消え去ってしまっていることにわたしは気付く。彼女は以前の姿からは想像もできないほど真剣に、ともすれば退屈に授業をし終えると、これといった挨拶もなしにそそくさと教室を出て行ってしまう。と、同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 授業を終えて少し騒がしくなった教室の弛緩した空気の中で、わたしはその不自然なかたちの穴を漫然と眺めていた――いや、こんなピンボケした比喩では、わたしが言わんとするところの一割も伝えられないだろう。もっとも、この絶え間なく続く話の筋道をきみが正しく追って来れていたのなら、ということだけど。そのとき、わたしの隣に座っていた少年がこれという前触れもなく、女ってのは結婚すると女でなくなり妻になる。妻ってのは子どもを産むと今度は妻でなくなり母になる。一方で男というのは気楽なもので、死ぬまでずっと男のままぶらぶらしていられる。 例えば、不意に泣き出した赤児をあやすとき、母親は逡巡することなく、あばばばば、とかいうだろう。それを父親は黙って見ている。放っておけば泣き止むだろ、とか言ったりする。この違いがある。あばばばばばば、ばあ! あばばばばばば、ばあ! そこがひどく混雑した通りだろうと電車の中だろうと、きっと母親は差じることなくそう言うだろうよ。母親でないのには、それが奇妙に、ときにグロテスクに見えるものだ。

 とりとめもなく語られるどうでもいい話の筋道は、睡眠不足で朦朧とした意識にはとうてい理解できない。ましてや、日増しに腹部を膨張させてゆく彼女がいつのまにか授業の合間合間に日常生活のあれこれを語らなくなってしまったのはなぜかなど、母にあらざるぼくたちにどうして理解できるだろう。と、語る。そのあいだ、わたしは、今きみがするような否定とも肯定ともつかない文字列を、繰り返しささやいていた。

 出産の直前まで教壇に立っていた先生は、やがてわたしたちが二年に進級するのと同時に、産休を取る。そして言うまでもないことだけど、無事出産し、育休に入る。彼女は一年後、わたしたちが三年に進級するときに、帰ってくる。

 その初回の授業でこれという前触れもなく、女というのは結婚すると妻になる。妻というのは子供を産むと母になる。わたしは妻になってすぐに母親になったわけだけれど、それは率直に言って、すごく恐ろしいことだった。なにが恐ろしいかと言えば、とても強い力がわたしの意思とは関係なく作用して、周りの物事を――もしくはわたしの性癖――これは性癖という言葉の正しい意味での正しい使い方として――を――これという前触れもなく変えていってしまうこと。気付いた時には、出産に必要のないあらゆる日常生活のあれこれが身の回りから排除されていた。教職もまた、そのうちの一つだった。むかしは授業の合間合間に隙あらば挿入していた無駄話も、子どもができてからはどういうわけか話せなくなっていたし、自分ではユーモアのあるほうだと思っていた語り口も、いつのまにか真剣な、ともすれば退屈なものになっていた。何もかもが、わたしの意思には委細構わず変化して、新聞の切り抜きのあとのように不自然なかたちの穴が、そこに残されているだけだった――いや、こんなピンボケした比喩では、わたしの言いたいことの一割もきみたちに伝えることはできないだろう。別にわたしは、妊娠がどうの、出産がどうのとか言いたいわけじゃあない。

 思うに、飽和したリュックサックを背負っている。荷物がパンパンに詰まったリュックサックをもって、あてもなく彷徨っている。その道すがら、あるものを見つける。と、そのものを欲望する。けれど、飽和したリュックサックには入らない。だから、いくつかの荷物を捨てなくてはならない。そうしないと、前に進めなくなってしまう……、と語り出し、あるいは語り終えたのかもしれない先生の語り口は、やはり以前とは違っていた。聞きながら、わたしはぼっかりとあいた不自然なかたちの穴を先生のなかに探そうとする。けれど、それはどこにも見当たらず、やがて、その穴が全く別の何かによって埋め合わせられていることに気付く。

 わたしは彼女の明るくてユーモアのある語り口に、憧憬と言おうか尊敬と言おうか、とにかくそんな感じを持っていた。だから、それのなくなったのには一時落胆したりもした。あれよ。好きだった漫画がアニメ化されてよろこんでいたら、それがひどくつまらなくなっていたときの感じ。それに近いのがあった。大金が絡んでくると往々にしてつまらなくなるものよ。だからといって、彼女への憧憬とか尊敬とかが消えるわけでもないし、一度夢見た教師という職業を改めようとも思わない。

 少女が語り終えると、辺りはたちまちしんと静まり返る。まるで続く言葉を聴衆が待ち惜しんでいるかのように思えるが、講義を終えて10分以上たった講堂には、彼ら二人しかいない。さあ、閉め出されないうちに帰りましょうかという少女の合図とともに立ち上がった二人は、舞台下手の暗がりへと消えてゆく舞台役者のようにそそくさと退室してしまう。分厚くてかたいドアが轟音をたてて閉じられる。それはひとつの区切りを暗示するように聞こえる。


 きみに会ったのは、ちょうど一週間前のこの講義を受けたときだった。運命的といえば、そうかもしれない。その日、講義が始まる直前に講堂に入ったわたしは、ざわざわと騒がしい空気のなかを、座る席を探して行ったり来たりしていた。二百人以上を収容する講堂はほぼ満員で、開いている席を探すのにはずいぶん苦労したけれど、やがて教壇に一番近い長机の端っこが空いているのをわたしは見つける。そこがきみのとなりだった。ここ、空いてますか、ときみの眠そうな横顔に声をかけると、きみはちらとこちらを見たあと数回小さくうなずいて、行き詰った小説のつづきでも考えるかのように目を閉じてしまう。わたしは椅子と机との間にゆっくりと体を滑り込ませると背もたれに深くもたれかかりためいきをつく。そのとき、いつのまにか壇上でマイクの具合を確かめていた客員教授がこれという前触れもなく前回の講義の要点を話し出す。と、講堂がしんと静まり返る。きみはといえば、教授の厳然とした語りには委細構わず、目を固く閉じたままでいる。

講義のあときみに話しかけたのは、べつにきみが特別魅力的だったからとか、行動が少し不自然だったからではない。そのときわたしは、あと数ページで読み終わるという舞台演出について簡単に書かれた本を、そこでもう読み終えてしまおうと必死に紙面に目を走らせていたのだけど、ふと顔をあげて周囲を見回すと、もはや講堂にはわたしたち二人しかいなくなっていたことに気付く。きみはといえば、腕を組んで、目を閉じて、なにかを考えるようにしている。それはさながら眠っているように見えなくもなかったけれど、こんな奇妙な状況はなかなかあるまいと興味本位で訊いてみる。なにをそんなに考えているの。突然持ち出された問い掛けに、きみはすぐには答えなかった。一分ほど過ぎて、わたしが本当に眠っているのかと考えはじめたころ、ようやくきみは、眠い。ここ数日どういうわけか睡眠という睡眠をすべて排除して過ごしている。だから、眠いんだ、とわけの分からないことをのたまった。眠いなら眠ればいいじゃない。眠りたいのに眠れない人というのはよく聞くけど、眠いのに眠らない人というのは聞いたことがない、と返すと、きみはこういった。なるほど確かに言われてみればその通りだ。するとぼくは眠れないのでなく眠らないのかもしれない。

 ――思えばあのときからきみの不眠は続いていた。この一週間もきみが不眠を貫いていたのなら、今ごろまず間違いなく死んでいるだろうから、きっとどこか知らぬうちに寝ていたのだろう。とはいえ、目の下に暗雲のようにたちこめたその浅黒いくまを見れば、やはりたいした睡眠をとっていないのは明らかだ。そしてその、うん。そうだね。なるほど。確かに。等々の、あまりに無意味な文字列しか、きみが話せないようになってしまったのも、睡眠不足と関係しているに違いない。一週間前のきみは、 少なくともそんな風ではなかったのだから。

 舞台演出の面白さを簡単に紹介する本をやっとのこと読み終えたわたしは、相変わらずなにか難しいことでも考えているかのように固く目を閉ざしているきみの耳元で、さあ、閉め出されないうちに帰りましょうか、とささやく。するときみは、その合図を待っていたかのようにおもむろに目を開くと、わたしと一緒に立ち上がり、舞台下手の暗がりへと消えてゆく舞台役者のようにそそくさと歩いて行ってしまう。

講堂を出、大学の敷地内をゆっくりと歩きながら、わたしはさして重大でも愉快でもない日常生活のあれこれをきみに話して聞かせたと思う。そのとききみも少なからず自分の話をしていた。実家にいるペットの寿命が迫っていること――あと一週間しかないときみは言っていたか――とか、体育のとき朝早くから走らされるのが嫌だとか、どっかの誰かがこれという前触れもなく死んだ話だとかを、きみは話していたと思う。どれもこれもネガティブな話で、興がそがれることこの上なかったのだけど、まあ、退屈ではなかった。

 それらをひととおり語り終えたきみに、わたしは、本屋に寄りたいんだけど、どうする? きみも来る? と訊いてみる。きみはすこしためらったあと、肯定というより迎合するかのように、自分も本屋に行くといった。本屋はここからさして遠くない距離にあって、わたしたちは足並みを揃えて向かっていく。そこでわたしは、とある映画評論家が出したオペラについてのいくつかの記述をまとめた本を買おうと思っていた。だけど、それはなかった。その前の日に新刊の棚に並んでいるのを見つけ、しかし八千円超もする大物でその場では払えなかったから、明日買おうと思ってそのときは帰ってしまった。そしたら、一日のうちに誰かに買われてしまっていた。在庫はないかと店員に訊いたのだけど、そもそも売れる見込みの薄いものは一冊しか発注しないのだと聞かされ、取り寄せれば二三日のうちに届くが、そこまでしようとも思えない。ある意味八千円を得したとも言えるが、むざむざ諦めたわたしは本屋のなかできみを探す。きみはすぐに見つかる。隅のほうで本を立ち読みしていたきみに歩み寄って、自分の用が済んだことを伝えると、きみは本を閉じ、棚にしまった。その本の背表紙をちらと見ると、それはとびきり長い海外小説の第一巻だった。なにを思ってか、わたしがそれを全巻買いしめたのは、きみも覚えているところだろう。きっと財布に詰め込んできた千円札の束を、何らかの手段でもって消費したかったのだと思う。そうでもしないと収まりがつかないほどわたしは無念だったのだ、と講堂を出、大学の敷地内をゆっくりと歩きながら長々と語った少女は、気まぐれに立ち止まると、これという前触れもなく別れの言葉を投げかける。じゃあ、今日は本屋にも寄らないしきみのネガティブな話も聞いたりしない。もっとも今のきみは、うん。そうだね。なるほど。確かに。等々の無意味な文字列しか話せないのだろうけど。それじゃ、ばいばい。


 少年は帰宅するとすぐに冷蔵庫から冷え切ったビールを一本取り出し、それを一息に飲み干す。そのあと電気ポットで湯を沸かし、アメリカンコーヒーを一リットルほど作る。コーヒーが冷めないように断熱容器に入れ、飲みたくなったらいつでも飲めるようにするのが、彼のこだわりだった。冷えたビールを飲むのは別にこだわりではない。ただそうすることによって気分が少しだけよくなる、それだけだった。

一通り準備を済ませると少年は机に向かい、世界的に有名な映画評論家のオペラにまつわるいくつかの記述をまとめた本をひらく。それはとても分厚く、一つの頁にこれ以上は詰め込めまいと思わせるほどぎっしりと文字が詰め込まれている。少年は必死にその紙面に目を走らせる。が、絶え間なく書き綴られる記述の道筋など、睡眠不足で夢とうつつを行ったり来たりするような意識にはとうてい理解できない。それでも彼は休むことなく乾いた眼球を上から下へ動かし続けていた。

 どれくらい経ったろう。ふと彼は視線をもたげ、かたわらの置時計を見る。針は午後九時を示しており、すなわち彼は三時間以上にわたって無限に続くかに思える文字列の行方を追っていたことになる。が、そのわりに自分が何も覚えていないことにも、やはり気付く。もしいますぐ本を閉じてしまったら、彼はたちまちどこまで読み進めたかわからなくなるだろう。いっそのことそうしてしまって、ここ数日まったく使われていないベッドに飛び込んでみれば、すべての元凶を排除できるだろうか、という考えが一瞬脳裏をよぎる。が、彼は熱いコーヒーを飲む。

 さして難解でもないのに何度読み返しても理解できない文章は、彼をひどく苛立たせる。その苛立ちはじわじわと体を焼き、頁を繰る彼に髪を毟らせる。

 これという前触れもなく鳴り出した携帯電話の呼び出し音は、いったい少年になにを知らせようとしているのか。小動物の断末魔を思わせるその甲高い音は、彼のくぐもった意識を現実のほうへ引き寄せながら、部屋中に響き渡っている。時計は午前一時を示していた。こんな時間にいったい誰が電話なんてかけてくるだろうと訝りながら少年は電話に出る。

 やあ、眠らないきみのことだから、こんな時間に電話してもきっと出てくれると思っていた。相変わらずその不眠は健在のようね。まあきみ自身は健在ではないのかもしれないけど。わたしのほうも、乱れてしまった生活習慣を一向に直そうとせずだらだらと夜更かしを続けていたところ。とはいえまだ午前一時、夜更かしと呼ぶには早すぎるかもしれない。今日電話したのはほかでもない、一週間前から読み始めた難解で壮大な海外小説をすべて読み終え、持て余した暇をこうやってつぶそうというわけよ。そこで提案なんだけど、いまから散歩に出かけない? 飽くまでこれは提案であって、当然きみには断る余地が残されているのだけど、肯定というより迎合を得意とするきみがこれを断るはずがない。……じゃあ決まりね。

 少女は端的に集合場所を知らせたあと、一方的に通話を切ってしまう。あとに残されたのは静寂だけだった。


 二人は海を左にして、街灯のない道を北へ歩いてゆく。夜の海は墨汁のように暗く、粘り気を持っている。それが少年には怖かった。ときおり、車がすさまじい勢いで通り過ぎてゆく。そのたびに道路わきの茂みからバッタだかコオロギだかの昆虫かヘッドライトを受けて飛び上がる。

 わたしはいま、四つ這いになったきみの背中にまたがっている。そしてロ元にかけた手綱でもって、きみを自在に操ることができる。わたしが左の手綱を引けば、きみは左に進む。右の手綱を引けば、きみは右に進む。肯定というより迎合という言葉が似あうきみは、わたしに支配されることで安息を得ている少なくとも、いまのきみはそうだ。長く続いた不眠のせいか何も語れなくなってしまった。うん。そうだね。なるほど。確かに。等々の文字列には何ら意味はない。

 きみは眠らないのでなく眠れないのだと思う。初めて会ったとき、きみは確かに眠ろうとしていたはずだ。きみは眠らなくてはならない。それは当たり前のように見えて、とても大切なことだ。そしてきみは語らなくてはならない。そうしない限りきみは支配され続ける。いつまでも四つ這いになって背中にわたしを乗せたままじゃ不便だろう。きみがマゾヒストというのなら別だけど。

 一週間前のあのとき、きみは、実家にいる飼い犬の寿命が残り一週間しかないと言っていた。つまり、きみの飼い犬はもう死んでいる、もしくは今まさに死にかけているはずだ。きみは心配にならないのかい? 一週間前のきみはひどくつらそうにしていたのに、人は気付かないうちに変わってしまう。高校時代の国語教師がそうだったように。でもきみには、新聞の切り抜きのような、あの不自然なかたちの穴は見つからない。

 少女は早口にそう言った。しかし少年はそれをうまく理解することができない。まるで見たことも聞いたこともない言語で語りかけられているように思える。二人は黙って、光のない道を北へ歩いてゆく。やがて少年は意識を失う。それでもなお歩き続ける。翌朝、彼は自分の部屋のベッドで目覚めた。


 そう。あれ以来きみは眠れるようになった。それはよかった。だけど、同じ日に実家で飼い犬が死んでしまった。きみの犬は実家中に吐葛物をまき散らして、苦しみつくした挙句死んだ。さらには吐葛物で汚れた家具をまるまる取り換えなくてはいけない。散々なものね。だけど、高校時代の国語教師の言葉を借りれば、飽和したリュックサックを背負っている。

 少女が語り終えると、あたりはたちまちしんと静まり返るまるで続く言葉を聴衆が待ち惜しんでいるように思えるが、講義を終えて十分以上経った講堂には彼ら二人しかいない。さあ、閉め出されないうちに帰りましょうか、という少女の合図とともに、二人の役者は立ち上がり、舞台下手の暗がりへとそそくさと消えてゆく。と、分厚くてかたいドアが轟音とともに閉ざされる。その音を合図に、殺帳がゆっくりと降ろされてくる。これで舞台は終わる。

                                    了

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