第9話 え?
その一言が2人きりの教室に響いた。恥ずかしくなってマフラーで鼻の辺りまで覆う。対して悠里は驚くでもなく困るでもなく何とも言えないような顔をしていた。沈黙自体はほんの数秒だったのだろうがやけに長く感じた。早く何か言ってくれ。それしか頭に無かった。ちらっと悠里を見上げると私が見ている角度のせいかにやけている様に見えて少し腹が立った。
「野暮な事はしない」
悠里のその一言が沈黙を破った。とりあえず悠里が何か言ってくれたからもう帰れる。そう思って軽く
「ん」
とだけ返して鞄を普段よりも少し雑に持ち上げた。同時に悠里も鞄を背負ったようだった。悠里が先にドアに向かったから私が電気を消さないといけないのかと思ったら電気のスイッチの前で悠里が立ち止まった。先に廊下に出ると悠里が教室の電気を消してくれた。鍵を取り忘れていると思ったが鍵は悠里の手に握られていた。案の定、悠里が施錠してくれた。半歩ほど前を歩く悠里について行くような形で靴箱に向かう。鍵は悠里に任せよう。靴を取って悠里に
「じゃあね」
と言ったがあの時同様、返事はなかった。
流石に12月ともなるとかなり寒さが厳しい。白い息を吐きつつ、悠里が放った一言「野暮な事はしない」の意味を考えていた。恐らく人に言ったりしないと言うことだろうとは思うがそれ以外の事は一切分からない。好きなら好きと言って欲しいし、嫌いなら嫌いと言って欲しい。友達として好きならそれでもいい。それが分からない以上どうしようもない。でも好きと言った時に嫌そうな顔をしている様には見えなかったから嫌いでは無いのだろう。そもそも嫌いなら話を聞かずに帰るか。モヤっとして思わずため息をつくと白い息がふわっと出てきて消えていく。このモヤモヤもそれと一緒に消えてくれれば良いのに。でもそればかり考えていても仕方がない。今日の夕飯が何か考えてみる事にした。これだけ寒かったら豚汁が美味しいだろうな。でもシチューも捨て難い。1周回っておでん作ってるかもしれないな。とりあえずコタツで冷えた体を温めるのが先だな。コタツやお風呂に入った時に血管がじわ〜っと広がって行くようなあの感覚がたまらない。そんな事で頭がいっぱいになった頃には家が目の前だった。告白した後のモヤモヤよりも食べ物と暖を取る事の方が優先順位が高かった事に思わず失笑した。換気扇が回っているのだろうか。外に野菜が煮られて甘くなった匂いと肩の力が一気に抜けそうなぐらいに安心する優しい味噌の香りが漂っていた。
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