第3話 どうしよう

「多分悠里起きてるよね?」


「うん 私鍵開けたままにしてたのに閉まってるから起きてると思う。」


「ねぇ悠里起きてるの?」


勿論返事なんてなかった。質問を変えてみるか。


「悠里怒ってる?」


今度は首を横に振った。思わず朱里と顔を見合わせる。てっきり怒っていて私達に対して怒るつもりで待っていると思い込んでいたからだ。試しに悠里の肩を手を叩いたなんの反応も示してくれない。埒が開かない、こうなったらと思って両手で思いっきり引っ張って体を無理矢理にでも起こそうとしたが、私が小柄で力も弱いからかビクともしない。まぁ相手は同い年とは言えど男子だ。私の力でビクともしないのは当然だろう。一応朱里にも頼む事にした。少なくとも私より力も強いし、何より背が高い。ほとんどの男子と変わらないぐらいの背もあるしもしかしたらいけるかもしれない。だが、そんなに簡単にいく訳がなかった。


「ダメだ〜 全然動かない」


「ヤバっ もう6時前だ」


「えっどうしよう もう迎え来ちゃってる」


これ以上迎えに来た朱里の家族を待たせる訳にもいかない。それに元々悠里に手伝いを頼んだのは私だ。もし何か気に障るようなことをしたのなら謝るべきなのは私だろう。決断を下すのに時間はかからなかった。


「朱里 先に帰っていいよ」


「えっ 千歳は?」


「悠里が起きるまで待つ。何かしちゃったんなら責任があるの私だろうし。」


「でも本当にいいの?」


「いいよ 迎え来てるんでしょ?」


「うん... 分かった じゃあね」


「また明日ね〜」


とりあえずこれ以上朱里と朱里の家族を巻き込まずに済んだ。しかし、後をどうするかまでは考えていなかった。1回冷静に考えよう。もう6時前だから部活生は居るだろうが教室の方には来ないだろう。つまり、2人きりで居ても変な噂を立てられるようなことは無い。人が来たとしてもこの教室は端にあるから大丈夫だろう。そうなったら出来ることは1つだけ。押してもダメなら引いてみるしかない。かの有名な俳句にもあるように待つしかない時もあるのだ。長椅子に座って悠里が起きるのをひたすら待とう。先生が見回りに来たらその時の自分がどうにかしてくれるだろう。長椅子の時計が見える位置に座る。5分程経っただろうか。最後のチャイムと聞き慣れない下校を促す音楽が静まり返った校舎に虚しく響いた。外から聞こえる部活生の話し声が遠ざかっていく。1人だけ同じ階にいた部活生ももうとっくの昔に居なくなっていた。恐らくこの薄暗い学校に残っている生徒は私と悠里だけだ。そう考えると恐怖心のような物が湧き上がって来た。今悠里に何かされても誰も気づいてくれないかもしれない。悠里の性格上そんな事はないだろう。しかし悠里は柔道をやっているから万が一の事があったら私に勝ち目なんてない。とりあえず大丈夫と頭の中で念仏のように唱えていると視界の端にいた悠里が動いたのが見えた。視線を移すと明らかに姿勢が変わっている。そのまま少しの間見ていたがずっともぞもぞしたままだった。顔をあげるのを躊躇っているのだろう。

何かを決意したかのように顔をあげると頬杖をついた。それでも顔を下に向けたり天井を仰いだりしている。その行動からやはり何かを躊躇っていることが分かった。姿勢を変えてから約10分後、ふと悠里の足がこちらに向いていることに気づいた。そろそろこっちに来る。私は覚悟を固めた。何を言われるか、何をされるかなんて想像もつかない。だがそれは自分がまいた種だ。あの時「好きにしていい」なんて言わなければ良かったのだろうか。それともなにか別の理由があるのか。悶々と考えていたら悠里がこちらに1歩踏み出していた。普段よりもかなり遅めの歩調で近づいてきた。そして悠里は徐ろに口を開いた。


「......本当に怒ってないし遅いから帰ろ?」


普段よりも遥かに優しく感じられる声からは本当に怒りや苛立ちは一切感じられなかった。




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