第20話 本心
「お前にしては……、随分と迂遠な手段を用いたものだな」
真安のぬくもりに包まれながら、上月はぽつりと呟いた。
「呪いを解く手段なら……、はじめからそう言えば良いものを」
「……そう言ったらお前、今度は『真安は私の呪いを解く為にあんなことを』とかなんとか言うだろうが」
上月を抱きながら真安が応える。その声はいつもよりかすれがちで、それ故に艶を帯びて上月の耳に響いた。
二人の周囲を風と雷の音が取り巻く。
「違う…、のか……?」
「……別に呪いのことがなくとも、俺はこうしたさ」
絡み合いながらも二人の会話は続いた。
外は嵐。
先ほどより一層強くなった雨風が、容赦なく祭壇を打ちつけた。
糸よりも細い銀色の雨が、絶え間なく空から降り来る。
閃光が邑全体に広がる。
遠く、近く。
荒れ狂う嵐は、まるで二人の秘め事と覆い隠すように激しさを増していった。
「八年間、ずっとお前のことだけを考えていた」
上月の濡れ羽色の髪を己の指の1本、1本に絡ませながら、真安は上月に囁き続けた。
真安が唇で触れる度、上月の透き通るように白い肌には桃の花びらが散っていく。
「……私も……お前のことを考えていた」
真安に身を預けながら、上月は喘ぐように答えた。
と、その時。かさり、という音をたてて祭壇から何かが落ちた。
くすんだ紅い影。
すっかり乾いたほうずきだった。
「ほうずきか……」
懐かしそうに上月の耳元で真安が呟く。
「そういえば、お前に一つ謝らなきゃならんことがあったな」
「お前が……謝る?」
ふっ、と笑うと真安は言葉を続けた。
「前に、お前に悪戯をしたことがあってな……」
優しく上月の頭をなでながら、真安は言う。
「ほうずきに息吹を吹き込んで、神社に流しつけたことがある。
まだあの頃は大した術も使えなくてな、せいぜい息吹に気を乗せて周囲の気配を探るくらいしかできなかった」
「ほうずき……」
「どんな生意気な奴が俺達を疎んじているのか、一度見てやりたくてなぁ。
こっちもまだガキだったからよ。
そうしたらお前、入水なんてしようとしやがるから、慌てたのなんの……」
「あれはお前だったのか……」
幼い日に心に焼きついた川面の錦。
あれを見た日から、泣き虫だった上月の心は変わった。
そのきっかけを作った者は、今自分と一つになろうとしている。
「思えばあれが、最初にお前に出会った時だと言えなくもないな」
「そうだな」
言葉で語るのはここまで、とばかりに真安は上月をかき抱いた。
とどろく雷鳴、割れるばかりの轟音。
真安と上月が1つになる。
その瞬間、固く閉じた瞼に閃く真昼のような閃光を上月は感じた。
祭殿の奥庭から何かが弾けるような、甲高い音が響く。
と、同時に体の中から「何か」の気配が消え、外から「何か」の気配が周囲に満ちるのを感じた。
言われようもなく、今まで感じたことのない、透明な……な「黒」の気配。
今までほてっていた身体の温もりが、一気に冷める。
はっ、と目を空けると、やはり見開いた真安の瞳と視線がぶつかった。
「感じたか?」
「お前もか?」
同時に言うと、さっと2人は身体を離し起きあがった。
上月に着物を投げると、真安は手早く自分の野良着を身につけ外に飛び出す。寸刻遅れて上月が続く。
外は激しい雨。
乾き始めていた真安の黒装束が、再び水を含んで重く湿る。
足元はぬかるみ、視界すら、銀の糸に遮られそうになる。
暗雲の立ち込める空から、容赦無く冷たい雨が、真安と上月の身体を打ちつけた。
まるで、なにかを責め立てるように。
祭殿の奥庭。
そこにあるのは大蛇・玉姫を祭った「玉姫殿」。
その対極に位置するのは散乱した玉姫の破片を封じた「ご神木」。
二百年の昔からそこに佇んでいたという古木。
天まで届け、とばかりに伸びていたその見事なまでの幹には、深くえぐられた爪痕。
根元から3分ほど、その上には何も残ってはいなかった。
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