第19話 呪解の儀
板戸に叩きつける雨音は衰えることを知らず、雷鳴は空に轟き続ける。
隙間風でも入り込んだか、灯されていた蝋燭のかぼそい煌きが消え、閃く雷鳴のみが2人の影を照らし出す。
「本番……だと?」
組み伏せられた姿勢のまま、己の頭上にある真安の顔を仰ぐ上月。
「別に呪いの講釈垂れに来たわけじゃねぇんだよ、俺は。
何しに来たと思ってんだ、お前」
苦笑いを浮かべる真安。
生乾きの髪がべっとりと顔に付き、精悍な顔立ちが際立って見える。
「つまりだ、お前にかかっている呪詛を破るには、蛇神の皮をぶち破らにゃならん、ということだ」
「破るといったって、お前。目に見えるものでもあるまいし、そう簡単にいくものか」
「それがそうでもないんだな、これが」
「何が……、きゃっ!」
肘を立てかろうじて上体を浮かせていた真安が、ふいに肘を離し上月の身体に覆い被さる。
首筋にかかった真安の濡れ髪の冷たさに、思わず上月は声をあげた。
「打ち破れそうな方法が、一つだけあった」
ふんわりと上月の身体を抱きつつ、真安は上月の耳元で囁いた。
「真安……!」
「この世の力の性質は大きく二つに分けられる。
一つは陰。もう一つは陽。
大抵の生き物は男女の堺なく、種別によってこの性質を持つ。
ただ人だけが、どうしたことか女と男で別の性質を持つ。
男が陽。女が陰だ。
ちなみに蛇神は陰獣であり、使う術もまた陰の性質だ」
真安が言葉を切ると、遠くで雷鳴が再び轟いた。
「雨風おこすのも陰の気を利用した効果だな。
……それにしても、ちっと気の流れを作用しただけで、これほど荒れるとは思わなかったけどよ」
「気の流れを作用した、だと?」
「お前なぁ、流石の俺でも蛇神の力そのままに対抗できると思ってるのか?
そこまで俺は強かねぇよ」
少し不貞腐れたような声を出す真安に、上月は笑みをもらした。
「おーおー、笑ってろよ。こいつ。
ちっと神社の気の流れをそらした。
多少はお前にかかってる神力が、削がれてるといいんだがな」
「あ! こら!」
言いながらも、真安の右手は上月の腰紐あたりに伸びる。
「あー、話を続けるか」
手は止めず、言葉を続ける真安。
「陰の性質を持った力を破るには、陽の性質の力を用いるしかない。
しかし、だ。そのままの陽の力を陰の力にぶつけても、意味は無い。
実際、まったく性質の異なる力故に、そのまま素通りしちまうんだな」
「だから……なんだ!」
するすると紐を解く真安の手馴れた様子に慌てつつ、上月は叫ぶ。
どんなにもがこうとしても、やはり全く身体は動かない。
「つまり。陰の力の中にいったん陽の力を入れ込んで、そのまま陰の力の中で陽の力を発散させる。
内部からの破壊をもってしか陰の封印は破れない、ということだ」
「それと……、今のお前の行為と、どう関係があるんだ!」
「……あー、口で言えってのか、お前は!」
あいている左手で上月の頬を包むと、真安は真直ぐに上月の瞳を覗き込んだ。
黒の瞳に真安が、蒼と碧の瞳に上月が映る。
「単刀直入に言うぞ。
お前と俺が交わることで、お前の体内に染み込んだ呪詛が解ける可能性がある」
落ちる沈黙。
「まじ……わる…?」
言葉に出してから、さっと桜色に染まる上月。
流石に照れくさかったのか、あらぬ方向を向く真安。
「あー……。
俺は男で陽の気を持つ生物だ。本来は交わっても呪詛は解けない。
だが、俺は片親が陰獣の狐だから、陰の気も持っている。
この陰の気で、陽の気を取り込み、お前の中にいれて呪詛を解く。
わかったら……、さっさと覚悟決めろ。時間もねぇし」
「覚悟って……」
上月は桜色を通り越して、熟れた柿のように頬を染めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます