第18話 16年の秘密
思考が一瞬、真白に染まる。
己の身体に巻きついている温もり。耳傍をくすぐる男の短い髪。
胸、腰、下腹部に感じる体温。
板張りの床の硬質な感覚を背に感じた時、既に左手は男の大きな掌に絡みとられていた。
上半身を軽く起こした男の左手が、頬にあたる。
その手を、残る右手で上月は払いのけた。
「真安! お前まで! お前までそんな理由でここに来たというのか!」
上月の視界が揺らぐ。
拒絶された手に真安はちらり、と目をやった。
「お前まで! お前まであの男と同じ行為をするために、ここにきたのか!」
「まったく、お前にはその場の雰囲気の流れ、とか、そういうのないのかね」
ひらひらと手を振りながら、真安はふっと息をつく。
「ま、そんなところがお前らしいけどな。
……結果論だけ言うと、そうなるな。
何せこれしか方法が見つからなくて、な」
「ふざけるな!」
いいようもなく嬉しいのだが、哀しい。どちらの想いが自分を支配しているのか、上月にはそれさえ分からなかった。
ただ、胸の張り裂けそうな想いだけが、彼女の真実だった。
「お前は……。お前だけは違うと思ったのに……!」
「話は最後まで聞けよ」
困ったように一瞬笑うと、一転して真面目な表情になり、真安は再度上月の右手を押さえ込んだ。
「……!」
先程同様振りほどこうとする上月だが、大して力をこめていないように見える真安の左手は岩のように動かなかった。
ならば、と足を使って逃れようとするが、これもどうしたわけか、真安が軽く両膝で抑えただけで、根が生えたように動かない。
「まったく、相変わらずせっかちというか、気が短いというか……。
いいか、よく聞け。……時間がないんだ」
覆い被さるような形で真安は話を続けた。
そこには下卑た下心を秘めた様子も、いつものおどけた様子も微塵もない。
ただ、ただ、真剣な面持ちの1人の男がいる。
「お前にかかっているのは妖怪の中でも別格、神格として扱われている"蛇神族"の封印だ。
恐らく玉姫が、初代の巫女にかけたものだろう。
お前は蛇神の力を扱うために、人間の肉体の上に蛇の皮を被っている。
蛇神は、封印の力が特に強い一族だ。太古の昔からその腹の中には神々の秘法や、己の力の玉を隠し持っている。
人間に力を貸し与える際に、己の脱皮した皮を人間に被せ、己の力ごと封印する。 その人間は皮を被っている間は、蛇神と同等に近い力を有することができる」
「……蛇の……皮?」
「そうだ。だが、この皮は一定の大きさまでしか中身を保てない。
……何せ死んだ皮だからな。
そこでどうするか。
皮自体が大きくなれないなら、中身を大きくしなければいい。
幸い、蛇神一族は物理的な封印以外に、時間的な封印をすることもできる。
……所謂 輪廻転生を一部扱うことができる、まったく稀有な妖怪だ。
そこで、己の皮の中の人間の輪廻を操ることで、その人間に半永久的な力を与えた。これが巫女に蛇神がかけた呪詛だ」
「なんて……ことだ」
とうとうとよどみなく話す真安に組み伏せられながら、呆気に取られる上月。
そんな女を見て、真安は口の端を上げて笑った。
「おやぁ? こんなことで呆けていていいのかな、上月巫女?
これからが話の大本番なんだぜ」
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