第15話 襲撃、そして逢瀬


「何故、貴方がこんなところに?

 それより、今宵は儀式の夜ですぞ!邑長の子だからと言って、祭殿に立ち入ることは許されていません!」


 語気荒く言い放つと戸を締めようとした上月だが、田吾作の手に腕を掴まれ 顔をしかめた。

 田吾作は身長は高いが骨格が太く、猛々しいその風貌は猪を思い起こさせる。

 真安とは同じ歳だが、何かと真安を毛嫌いしていた1人である。

 眉間に斜めに入る古傷は、確か真安に子供の頃に馬をけしかけられた時にできたものだ。

 多少は武術の心得がある上月だが、この巨漢に至近距離で腕を掴まれたのではどうしようもない。

 嫌がり、手をはずそうとする上月をぐい、と引き寄せて田吾作は囁いた。


「何言ってやがる……。自分から戸の戒めを開けたクセによぉ」


 吐く息が酒臭い。どうやらかなり酔っているらしい。

 いい歳をしてにきび面、お世辞にも精悍とは言えないその顔に、猛烈な嫌悪感を上月はもよおした。息も絶え絶えに顔をそむける上月に、田吾作は面白くなさそうな顔で続けた。


「誰をまってやがったんだ……え?

 巫女が、神を待っているハズの祭殿で……」


 そのまま上月を引き摺ると、祭殿に入る田吾作。

 後手で戸を閉めと、そのまま上月を床に放り投げた。

 音を立てて板張りの床に倒れる上月。はずみで頭上の冠が音を立てて転がった。

 起き上がろうとすつ上月の顎を掴むと、田吾作は嫌な笑みを浮かべた。


「知ってるぜぇ……。お前真安が来るとでも思ってたんだろ?

 来るわけねぇだろ、あの野郎がよ。今日死んじまうお前のところになんぞよ」


 顔を反らそうとする上月だが、強力で抑えられた顎はびくともしない。


「色々と調べたんだよ。あいつの事をな。

 あいつ外ではけっこう遊んでいたらしいぜ……。

 女なら誰でもいいんだろうよ。

 そうだろうさ。そでなくちゃお前みたいな無愛想な女、誰が相手にするかよ」


 身動きもとれず、暴言に歯をかみ締めるしかない上月。

 握られた手の間から、紅い筋が流れる。

 上月の代わりに、己の爪に食い破られた皮膚の流した涙の跡。


「かわいそうによぉ、上月。

 たった一人、自分を愛していると思った男がそんな男でよぉ。

 だが安心しな。そんなかわいそうなお前を、優しい俺が可愛がってやるからよぉ!」


 言うなり、田吾作は上月の身体を力任せに押し倒した。


「な、何をする!」


 必死にもがく上月だが、巨漢にのしかかられてはひとたまりも無い。

 あれよ、あれよという間に両手を抑えられ、身体を男の両足に挟み込まれて身動きがとれなくなる。

 真安の度重なる抱擁をかわしてきた上月だが、今になって、あれが真安がわざとかわされていたことが身にしみて分かった。

 それほどまでに違うのだ。男と女の力の差は。

 もはや抵抗できるのは首と顔だけ。

 己の顔に口を近づけてくる田吾作に、最早最後の抵抗、と上月は唾を吐きかけた。

 一瞬後、目に火花が散り、上月の頭は床に叩きつけられた。

 田吾作に頬を張り飛ばされたのだ。


「やさしくしてりゃあ、つけあがりくさって!お前みたいな化け物の子が俺にはむかうなんざ、許されねぇんだよ!」


 衝撃に動くことができない上月にのしかかったまま、田吾作は声を張り上げた。


「お前はなぁ。お前たち巫女は『化け物』なんだよ!

 俺はなぁ、知ってるんだぜ。今日何が起こるか!

 神が降りてくるなんざ嘘っぱちさぁ!出て来るんだよ、今夜。

 何がって?教えてやろうか?

 お前の腹をぶち破って、もう1人のお前が出てくるのさ!

 子供なんざ生まれないのさ!出てくるのは子供返りしたお前なんだよ!

 用済みになった十六の殻から脱皮して、お前はまた同じ十六年を裕観の為に過ごすんだ!分かったか!この『化け物』!」


「……大層なご高説、ありがとうよ」


「……へ?」


 不意にかかった低い声を耳にし、振り返った田吾作は、次の瞬間に起こった衝撃に気がつかぬまま、床に叩きつけられた。

 そのまま動かなくなる。

 田吾作を張り飛ばした者は、やおらその襟首を掴むと祭殿の戸を開け、外にぞんざいに放り出した。

 そして、一つ低い口笛を吹くと、忌々しげに祭殿の戸を閉めた。


(誰……?)


 冷たい床の感触を頬にうけながら、殴られた衝撃からまだよく見えぬ目を見開き、上月は相手の顔を見定めようとした。

 しかし、このままでは足元しか見えぬ。

 侵入者は雨の中を来たらしく、歩くたびに床板に黒い染みを作っていた。

 その濡れた足が上月の近くまで来る。

 と、思ったときにはすでに上月の身体はその男に抱き上げられていた。

 静かに、優しく。


「大丈夫か?」


 間近に、見える蒼と緑の違いの瞳。

 頬にかかる上月の髪を、そっと指でかきわけながらその男、真安は微笑みかけた。

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