第14話 運命の刻


 そして、運命の刻は容赦なく襲い来る。

 邑祭りの日、空には暗雲立ち込め、風は轟と大気を震わした。

 絹糸のように細い雨が、飛矢のように邑を突き抜け、時折目も眩むばかりの 雷鳴が空を断ち切る。

 邑始まって以来、邑祭りの日がこれほどまでに荒れることは無い。

 収穫の済んだ後で良かった、と邑人達が胸をなでおろす中、邑の長老達はしきりとこの荒れ模様に不安気な様子を見せる。

 それは、上月を含む邑を治める一族、裕観一族でも同じことだった。


(まるで私の心のようだ……)


 祭りは中止され、神儀「神降ろし」のみが行われることになったこの夜、上月は正装し、膝をそろえて祭壇の前に座っていた。

 四方の壁を激しい風が叩き続ける。

 白い顔はいまや透き通るほど蒼白で、膝の上にそろえた両の手も、紅い血 の筋が浮かび上がるほど、強く握り締められている。


(きっと、私の不心得を、神はご存知なのであろう)


 あれから数日。

 真安とは顔をあわせないようにしてきた。

 会えば心が乱れる。

 十六年間かけて培ってきた決意が乱れる。

 信念が乱れる。そして……、この場所から逃げ出したくなる。

 しかし、そうして距離をとったものの、募る思いは耐えがたく、益々強くなるように思えた。

 実際、正面に据えられた古びた鏡に映る己の顔は、まるで幽鬼のように強張り、蒼ざめている。


(これが神を迎える巫女の顔か)


 ふ、と紅い唇む。

 今まで自分が思い、勤めてきたことはなんだったのだろう。

 母に成り代わり邑を守り、裕観の一族を守っていく。それだけが己の使命であり、生きる目的であったはずだ。

 その仕上げともいえるこの儀式。

 何をためらう、何を恐れる。


(……だめだ)


 いかに自分を言い聞かせようとしても、心は誤魔化されない。

 この心は、自ら作り出した偽りの言葉などでは惑わされない。


(この儀式は失敗するのやもしれぬ……)


 空虚な笑みを浮かべると、上月は手にした榊を放り出した。

 葉が床に落ちる乾いた音は、何故か外で騒ぎ立てる嵐の声よりも、はっきりと上月の耳に届いた。

 と、その時。人払いをした祭殿の外に蠢く気配がする。


(まさか……、真安が?!)


 そんなことがあるはずがない、あってはならない。……あって欲しい!

 波打つ鼓動を感じながら立ち上がった上月は、意を決して振り向き、祭殿の戸を開けた。


「よぉ……、上月」


「貴方は……!」


 神社の渡殿に、1人の男がだらしない格好で立っている。

 乱れた装束、上気した顔。

 邑長の長男・田吾作であった。

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