第13話 恋心


 緩慢に時が流れる……。

 この八年間、まるで水が滝壷に流れ落ちるように、速やかに流れてきた時が、何故か急に速度を落とした。

 そう感じるのは、自分だけだろうか。

 上月は祭壇の前に座り、息を一つ吐いた。


 静かな神社の祭殿の中。

 12畳ほどの広さの板張りの上に、上月1人がぽつん、と座っている。

 外では梟が、夜の深さを語っている。

 真安が帰ってきてから、数時間。

 夜の帳は既に降りていた。

 鈴乃が去った後は何事もなく、真安は父親の骨を骨壷に移して埋葬し、上月は「早く帰ぇんねぇと、傍使えの奴らが心配するぜ」という真安の言葉に従い、そのまま神社へと帰った。

 それからたいして時間は経っていないだろうに、上月には時間がのろのろと亀の鈍さで動いているような気がした。

 真安がこの邑にいるー。そう考えるだけで、胸が高鳴り、呼吸が苦しくなる。

 たったそれだけのことで夜も眠れない。

 こんなことは今までなかった。

 真安のことは確かに昔から好いていたように思える。

 真安が邑を出ると言った日など、ひとしきり泣いたものだ。

 それでも、眠ったし、食事もした。それなりに日常を過ごしたのだ。

 それが、どうだ。

 目をつぶると、真安の笑顔が浮かんでくる。先ほどの真面目な顔が浮かんでくる。

 抱きしめられたときの真安の体温が、身体に残っている。

 その箇所がどうしようもなく熱い。

 身体がうずいて眠れず、仕方がなく祭壇で宝鏡を眺めながら心を落ち着けようとしているのだが、効果はあまり無いようだった。


「……今更、人並みに恋心など抱いてどうするのだ」


 寝巻きの上から自分を抱きしめながら、上月はうめいた。


「あと数日でこの世を去るというのに……、恋などしてどうするのだ!」


 抱きしめる腕に力がこもる。華奢な指が布の皺の中に沈みこんだ。


「しかも……、相手はあの真安だぞ!

 つかみ所の無い、流れる雲のような男!

 あの男が……、消え行く私などがあやつの心に留まれるわけがないではないか…」


 最後にこぼした声は、瞳から落ちた光るものと一緒に、祭殿の床の上に静かに落ちた。

 暗闇の中、声は消え、代わりに低く静かな泣き声だけが響き渡った。

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