第12話 鈴乃御前
なおもしつこく泣き喚く妖狐をひっぺがし(これは真安と蝦蟇二人がかりの大仕事だった)、なんとか落ち着かせると真安は開口一番こう言った。
「で、なんか用か?」
「ひどいわっ!
真安ったらお母様に向かってなんてことを!」
「……十三年間も放っといて何を言うか」
よよ、と泣き崩れる母にふん、と鼻を鳴らす真安。
「あ、上月。一応教えといてやるよ。
これ、俺のおふくろの鈴乃。見てのとおりの年増狐だ」
「妖怪うちでは『鈴乃御前』で通ってるの。
貴女可愛いから特別に『鈴ちゃん』って呼んでも許してあ・げ・る」
「遠慮させていただきます」
ぞんざいに紹介する真安に、ひょいと顔をあげて嬉しそうに自己紹介する鈴乃。上月はまた思った。
(これも親子だ!間違いなく親子だ!)
「はじめてお目にかかります。
神社の巫女、上月と申します」
とりあえず、礼儀にのっとり丁寧に頭を下げる。
鈴乃も今度は居住まいを正して伏した。
「うちの亭主を看取ってくれた子でしょ?
ありがとうね。この人女好きだから、最後に可愛い子が近くにいて嬉しかったと思うわ」
にっこりと笑う笑みは、真安のまっすぐな微笑とよく似ていた。
「いえ、たいしてお力になれず申し訳ない」
「まぁ、まぁ、まぁ」
ずりずりと膝をつめて上月に近づくと、いきなり鈴乃は上月に抱きついた。
「なんて可愛いの!
繊細そうなのに、それを力強さで隠しているところが健気で愛しいわ~」
「俺の上月に触れるな!」
寸暇をおかず、真安は上月を母の腕から引っこ抜いた。
「なによ~、しぃちゃんのケチ~」
「誰がお前のものか!」
悔しそうに着物を噛む鈴乃に、真安の顎に一発おみまいする上月。
「それより……」
この二人を放っておいては話が進まないとみたか、蝦蟇が恐る恐る声をかけてきた。
「鈴乃御前は、明安さまをどうかなさるおつもりで?」
「もちろん、どうかなさるのよ」
すっくと立ち上がると鈴乃は言い放った。
「明ちゃんはねぇ~、アタシにこう言ったのよ。
『俺は死んでもお前と一緒だよ。お前の命が尽き果てるまで、ずっと一緒にいるからね』」
「さっきと言ってる事、矛盾してるじゃねぇか……」
明安の声マネをする母親に、冷たい視線を送る真安。
「真安、お前 両親の離別は親父殿に責ありと見ていたのではないのか?
私はてっきりお前は母上の味方なのかと……」
ぶつくさと小声で文句を垂れる真安の着物を引きながら、小声でたずねる上月。
真安は母親のことを言われるたびに「逃げた」とか「親父の浮気のせい」など言い、明安を責めていたように見えた。
「どっちもどっちだからな~、うちの親の場合。
女遊びをした親父も親父だし、俺を置いていったおふくろもおふくろだよ。
ま、別にどっちも嫌いじゃないけどさ。似た者同士だし」
「なんだお前そう思っていたのか……」
親と似ていることを、と言いかけた上月の言葉を遮って真安はこう言った。
「不思議だよな~。
なんであんな親から、俺みたいなデキのいい息子が生まれたんだろーな?」
「……ぜんっぜん自覚してないのか!お前は~!!」
上月はぺちり、と真安の頭をはたいた。
「…お取り込み中悪いけど、話続けてもいい?」
モノマネのままの格好で固まったまま、ちょっと寂しそうに聞いてくる鈴乃に、慌てて上月はうなづいた。
「では……」
こほん、と一つ咳をすると鈴乃は言葉を続けた。
「『もし俺が君のいないところで死ぬことがあったら、必ずいつか俺のところへ来ておくれ。俺のされこうべが君の為に待っているから……』」
「げ」
「きゃ!」
芝居口調でいいながら、棺の蓋をからりと開けた鈴乃に真安と上月は妙な声をあげた。
棺の中には、たった今死んだばかりのような、明安の遺体が横たわっていた。
「……嘘。
確かに明安殿は先月、まだ日差しの強い頃に亡くなられて…」
上月が愕然とした表情でつぶやく。
明安の遺体はみずみずしく、どこにも腐敗の色は見られなかった。
顔色の青白さを覗けば、まるで眠っているような様子だ。
「親父……。最後にまた妙な術を使ったな……」
珍しく冷や汗などたらしながら、真安はつぶやいた。
そして、ふと上月が自分にしがみついていることに気がつき、ひょいと肩を抱いた。
よほど驚いたのか、上月もその行為をとがめなかった。
ただ驚愕に目を見張っている。
「ああ、明ちゃん!……死んでもやっぱりいい男だわ~!!」
すりすりと頬ずりをしながら、鈴乃の手がすっぽりと明安の顔を包む。
さらり、とひとなでして手をあげると、そこには見事な骸骨が一つ、乗っていた。
「っ!」
息を呑むような声をあげて、上月が真安に更にしがみつく。
真安も慌てて上月を抱き寄せた。
「ああ……。もう直に肌をあわせることも、声を通わすこともできないけど貴方はこれで、ずっと私のそばにいてくれるのね。
私だけの貴方……」
鈴乃は愛おしそうに骸骨に頬ずりすると、やおら紅い唇を近づけ、明安の骸骨に熱い接吻をした。
闇夜に浮かび上がる白い狐と骸骨の魂の抱擁。
それはなかなかに美しい風景ではあった。
もっとも観客の3人には、骸骨の正体が分かっているだけに、戦慄の色が隠せなかったのだが……。
「さてと……、もういかなくちゃ」
大切そうに明安の骸骨を懐に抱くと、鈴乃はふわり、と夜風に乗った。
足が宙に浮いている。
「じゃあね、しぃちゃんも元気でね。
暇なら遊びにおいて。東に三つ山を越えた『鈴乃森』ってとこにに母さんいるからね。じゃあねん~」
言うなり、きたときの唐突さと同じくらいの素早さで鈴乃は姿を消した。
後には呆然と抱き合う真安と上月。
面食らって口をぱくぱくさせている蝦蟇がぽつんと取り残された。
「さ……流石に大妖怪様は違いますねぇ」
しきりと袂で汗をぬぐう蝦蟇。
「よ……よほど明安殿を愛されていたのだろうな。
あれはあれで…、素晴らしい愛の形なのではないだろうか……」
驚愕のあまり、皺がつくほど真安の胸倉を握り締めた上月があえぐように言う。
「愛の形ったって……、限度があるだろうよ」
と、ふいに真安は上月の両手をとると、その顔を覗き込んで真面目な声で言った。
「上月、安心しろ。
俺は骸骨に口付けするより、肉体のあるお前の唇を吸うほうが好きだ」
言うなり顔を近づける真安。
二人の距離が縮まり、あとほんの少しで重なるところまできたとき……、呆然としていた上月が、はっ、として真安を突き飛ばした。
「この……、大馬鹿者~!!」
真っ赤な顔をして、高鳴る胸を上月は慌てて抑えた。
真安は、なぜか嬉しそうな顔で、転がったまま頭を掻いた。
その騒ぎから離れて、そっと蝦蟇が棺の中をのぞきこむと、そこには明安の姿は無く、白装束に包まれた白い粉(恐らくは風化した骨)が散乱していた。
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