野球しようぜ!⑨(小学五年生)

「本郷! お前野球やれよ。俺からこれだけヒット打てる奴なんかそうそういねえぞ」

「野球も面白かったぜ。でも、一番はサッカーだから無理だ!」


 坂本くんが本郷の肩を抱き互いに笑い合う。二人の表情は気持ちがいいくらい爽やかであった。

 勝負の決着がつけば互いの健闘をたたえ合う。まさにスポーツマンシップだ。


「高木つったか。お前も本格的に野球やらねえか? 本郷とのバッテリーなら俺達の後を任せられる」


 キャッチャー繋がりでなのか、俺も田中くんに話しかけられる。肩を組まれそうになったのでやんわりと回避させてもらう。

 やいのやいのと互いの健闘をたたえ合う。そうして、一つの結論が出た。


「このグラウンドは誰のもんでもねぇ! 上級生がうだうだわがまま言うなっ。かっこわりぃぞ!」

「お前らも試合に勝ったからって威張るなよ! いっしょに体張って野球やればいいだろ。そうしたら楽しいぜ!」


 坂本くんと本郷の一声で勝負の結果にかかわらず、五年生六年生ともに仲良くここで野球しましょう、という話になった。

 どうやら坂本くんと田中くんは俺達と同じ助っ人だったようだ。少年野球でバッテリーを組んでいるのだとか。

 とても生意気な五年生と野球勝負をすることになったのだと言われ参加したらしい。しかしプレーを通して感じるものがあったようで、こっちの事情にも耳を傾けてくれたのだ。

 こっちもほとんどが助っ人だったこともあり、坂本くんの言うことに同意した。もともといっしょに野球することに関しては否定的意見はなかった。この河川敷が使えるならと喜んでいるくらいだ。

 そんなわけで、これにて一件落着。俺達助っ人も解散と相成ったのである。



  ※ ※ ※



「それにしてもすごかったわね葵。ピッチャーやりたいだなんて言った時はどうなるかと思ったのだけれど、ちゃんとアウトを取っちゃうんだものね」


 帰りの道中、瞳子ちゃんが葵ちゃんを褒めていた。褒められた本人もまんざらではないようで「えへへ」と嬉しそうにはにかんでいる。


「最後は瞳子ちゃんが捕ってくれたからだよ。ボールがこっちに飛んだ時は怖かったんだもん。ありがとうね瞳子ちゃん」


 素直にお礼を言われた瞳子ちゃんは照れ臭そうにそっぽを向いた。ほっこりするやり取りである。


「俺も本当にびっくりしたよ。葵ちゃんががんばってくれたから俺達勝てたんだからね」

「そうよ。本当に秘密兵器になるだなんてね。葵もやるじゃない」


 俺と瞳子ちゃんの誉め言葉の嵐に、葵ちゃんは恥ずかしそうに頬を紅潮させる。


「瞳子ちゃんも最後まで鉄壁の守備だったね。キャッチャーとしてすごく安心感があった。本当にすごかったよ」

「ふぇ!? い、いきなり何よっ」


 いっしょになって葵ちゃんを誉めそやしていたはずだったのに、急に自分の方に向くものだから驚いたようだ。一瞬にして頬どころか顔中真っ赤になった。


「あ、葵はなんであんなにコントロール良かったのよ? 今までキャッチボールだってまともにできなかったのに。不思議だわ」


 瞳子ちゃんは誤魔化すように再び矛先を葵ちゃんへと向けようとする。でも確かに彼女が言う通り不思議だったのだ。俺なんかボールが届くかどうか心配だったほどである。

 葵ちゃんは「うーん……」と視線を彷徨わせて、すーっと流れるように俺を見た。それからニッコリと笑う。


「なんていうのかな。トシくんが構えているところにボールが引きつけられちゃうみたいな感じがしたの。だから私ね、トシくんから目を離さないようにしていたら変なところに投げちゃう心配なんてまったくしなかったんだよ」


「だからトシくんのおかげなの」と、葵ちゃんは嬉しそうに言った。

 彼女が恥ずかしげもなくそんなことを笑顔で言うものだから、急激に顔の熱が上がってきたように感じてしまった。

 この時ばかりは野球とは関係なく、キャッチャーマスクを被りたかった。そんなことを考えてしまうほどには、顔を見られたくないほどの恥ずかしさでいっぱいになってしまったのだ。



  ※ ※ ※



 後日。

 河川敷の傍を通ると、子供達の楽しそうな声が聞こえてきた。学年の垣根を超えて野球をする彼らには笑顔が広がっていたのであった。


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