野球しようぜ!⑧(小学五年生)
「えいっ」
かわいらしいかけ声とともに投じられたボールは、山なりの軌道を描きながらも俺の構えるミットへと届いてくれた。まずはノーバンで届いたことに一安心する。
マウンドに上がったのは葵ちゃんだった。ポニーテールにした髪が嬉しそうに揺れている。
みんなが葵ちゃんの運動能力の低さを知っている。俺だって難色を示した。しかし、葵ちゃんは笑顔でこう言い放ったのだ。
「秘密兵器の私が出るタイミングってここだよね? ねっ、そうでしょ本郷くん?」
満面の笑顔の葵ちゃんには誰も逆らえない。本郷は自分が言った手前もあり、首を縦に振るしかなかったのである。
さて、投手交代して投球練習も終わった。いよいよ試合が再開される。
最終回、点差は一点リードするだけ。そんなプレッシャーはないとばかりに、葵ちゃんはマウンド上からニコニコの笑顔を俺に向けていた。
「トシくーん。いっくよー!」
それが投球の合図だった。
女の子投げで放たれたボールはふわりと舞い上がる。スローモーションに感じるスピードで、ぽすっと俺のミットへと収まった。
「ストライク!」
審判のコールを聞いた瞬間、俺達五年生チームから歓声が上がった。
まさかストライクが取れるとは。いや、それを言ったらさすがに失礼か。
でも、投球練習していた時も思ったんだけど、葵ちゃんはやけにコントロールがいい。
俺がミットを構えたところに寸分の狂いもなく投げ込んでくる。まあとてつもなく遅い球なのだけどね。
それでもストライクが入らなくて試合が壊れる、ということにはならなさそうだ。
バッターを見る。打ちたそうに体がうずうずしていた。あれだけ遅い球なら打てそうって思うよね。
俺が構えると、葵ちゃんが投げる。低めにコントロールされたボールを打ち損じてサードゴロ。佐藤が危なげなく転がってきたボールを捕って、ファーストの小川さんへと送球した。
「アウト!」
葵ちゃんが一つのアウトを取った。グラウンドに歓声が響く。
どれだけすごいことかみんなわかっているのだろう。もう勝ったんじゃないかってくらいの盛り上がりである。
だけど、六年生チームだってこのままじゃ終われない。次のバッターが打ってやるんだという目で葵ちゃんを見た。すぐに顔を赤らめちゃってたけども。
「アウト!」
相手の気合が空回りするように、初球打ちであっさりとライトフライに仕留められた。これで残るアウトは一つとなった。
「ナイピッチだよ葵ちゃん!」
ワンバウンドでボールを返しながら声をかける。葵ちゃんは心底嬉しそうだ。これだけ上手くいっていれば当然だろう。
俺もびっくりした。正直ちゃんとストライクが入るか。それ以前にボールが届かないかもしれない不安だってあった。
それを葵ちゃんは高く投げることで俺のミットまで届かせていた。普通に投げても山なりだろうけど、そうすることで超山なりの軌道となった。
案外山なりのボールってのは打ちにくいものである。それを本郷のスピードボールの後に体感しているのだ。この球を打つのはけっこう難しいのかもしれない。
でも、遅い球には変わりないからフルスイングしちゃうんだよな。ちゃんと振れているならまだしも、雑なスイングでは芯には当たらない。坂本くんと田中くんに当たらない打順の巡りにも助けられた。
最後のバッターも凡フライだった。ピッチャーフライに勝利の確信を得る。
「わっ、わっ、わぁっ!?」
葵ちゃんの慌てた声に、気を緩めるのが早すぎたと後悔した。
ボールの落下点にいる葵ちゃんはパニックに陥っていた。そういえば、フライを捕る練習なんかしていなかった……。
今から俺が捕りに行くのは遅すぎた。もうすぐボールが落ちる。
「下がりなさい葵」
「と、瞳子ちゃん」
今にもへたり込みそうな葵ちゃんの前へと出たのは瞳子ちゃんだった。
平凡なフライを捕ることは、瞳子ちゃんにとって簡単なことだ。乾いた音とともに、ボールは彼女のグラブの中へと納まった。
これにてゲームセット。五年生対六年生の試合は、二対一で俺達五年生チームが勝利したのであった。
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