野球しようぜ!⑦(小学五年生)
本郷永人は五年生でありながら、スポーツテストでの総合点は六年生を差し置いて学校一である。
すごいのはその身体能力の高さだけではなく、あらゆるスポーツへの適応力まで見せつけてくるところだろう。体育で球技をやらせれば最強だ。まさに才能の化け物である。
実際に、坂本くんと田中くんの六年生バッテリーから二打席ともヒットを放っている。投げても初回は失点したものの、二回からは無双状態だ。これを上級生相手にしているのだから末恐ろしい。
「……」
マウンド上の坂本くんから向けられるのは気迫のこもった目だ。本郷はそれを楽しそうな笑顔で返す。
状況はツーアウトではあるが、一塁にランナーがいる。長打を打っても得点にはならないかもしれないってのに、五年生チーム全員が期待していただろう。
本郷ならなんとかしてくれるはずだ、と。
本郷が構える。坂本くんが投げた。今日一番速い球が唸りを上げる。
「ボール!」
今日初めてボール球から入った。坂本くんが本郷を警戒しているという現れなのだろう。
「ちっ」
いや、坂本くんの反応は遊び球を使う気なんてなさそうだ。外したというより、力みから外れてしまったようだ。
二球目。高めに浮いた球だったが、振り遅れのファールになった。
球が荒れてきたけど、やっぱり威力充分だ。
カウントはボールとストライクが一つずつ。追い込まれる前になんとか打ってほしい。
ただ見ているだけしかできないってのに手に汗握る。両者の気迫がそうさせるのだろうか。応援に力がこもる。
第三球目が投じられる。
「ストライク!」
ズバッと低めに決まった。本郷はピクリとも動けなかった。それほど素晴らしい投球だった。あれは打てない。
ツーストライクだ。追い込まれてより一層応援の声が大きくなる。
六年生チームからも、ピッチャーの坂本くんを盛り立てようと声を張り上げる。まさに野球をしているって感じの空気だ。
坂本くんが投球モーションに入った。本郷が笑った。
速球の軌道の先には、フルスイングされるバットがあった。
音だけでもジャストミートしたとわかってしまう。打球は伸びていき、追いかけるセンターの頭上を越える。
打った瞬間に走り出していた赤城さんがホームに帰ってくる。勝ち越しタイムリーだ。
打った本郷はといえば、俊足を飛ばして三塁に向かっていた。ていうかその三塁を回りやがった。
「止まれ本郷!! ボール返ってきているぞ!」
本郷の足は速い。ぐんぐん加速している。あれだけスピードに乗ってしまえば俺も追いつけないだろう。
だけど、足の速さよりも投げたボールの方が速いに決まっている。
ボールは内野に返ってきていた。本郷の暴走を見てすぐにホームへと送球される。
「アウト!」
あわやランニングホームランだったのだけど、さすがに防げられてしまった。キャッチャーの田中くんが滑り込んできた本郷をきっちりブロックしたのだ。
惜しかったけど勝ち越し点を上げたのには変わりない。あとは本郷が抑えてくれればこっちの勝ちだ。
「あれ? 本郷くんどないしたんや?」
佐藤の声に、プロテクターを取ろうとしていた手を止めて顔を上げる。本郷がベンチに帰ってくることなくうずくまっていた。
「お前大丈夫か?」
田中くんがうずくまったままの本郷の様子を見る。坂本くんも慌ただしくマウンドから降りる。そこでようやく俺達もはっとして動き出した。
「ちょっと足捻ったかもだけどさ。これくらいどうってことないって」
ベンチで寝かされた本郷の言葉である。
右足首のあたりに痛みが走ったせいですぐに動けなかったらしい。念のため歩かせないように、俺達男子連中でベンチまで運んだのだ。
本人の言う通り大したことはないのかもしれない。でも、ここで無理をするのは違うと思った。
「とりあえず本郷は引っ込め。あとは俺達でなんとかするよ」
「いや、でもさ。残ってんのは裏の守りだけだぜ? それだけならなんとかなるって」
「アホか。本郷にとって一番大事なのはこの試合じゃないだろ。お前ならこれから先のサッカーで無理しなきゃいけない時がくるんだろうからな。今は大人しく引っ込んでろって」
大好きなサッカーのことを持ち出されては本郷だって退くしかない。今は大したことがなくても、それが大ケガに繋がったら大変なんだからな。
しかし、一つ問題が残ってしまうのも事実だった。
「で、誰が投げるのよ?」
瞳子ちゃんの疑問。それは俺達全員が頭を悩ませていることだった。
「もともとここで野球やってたんならピッチャーくらいいるでしょ。そいつが投げればいいんじゃないの?」
小川さんの視線が控えに回っている草野球メンバーに注がれる。もともとはその男子達の問題でもあるし。順当に考えればそのピッチャーに投げてもらうのがいいだろう。
「い、いや……こんな状況ではちょっと……」
なんとも情けない返事である。まあ自信があったら助っ人なんて頼まないか。最終回で一点差というのもプレッシャーだろう。
「はいっ!」
気まずい雰囲気になりかけたのを、元気のいい挙手が払拭してくれた。
「私、投げてみたいっ!」
その人物が葵ちゃんだったってのが、これまた困った展開になったものなのだけれどね。
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