プール授業のお話②(小学四年生)

 準備体操を終えればようやくプールに入れる。


「いやっほーい!」


 よほど待ちわびていたのだろう。数人の男子が上がったテンションのまま盛大な水音を立ててプールの中へと飛び込んでしまった。

「気持ちいいーーっ!」と楽しそうに顔を出すのは結構だが、プール授業では先生の許可がなければ飛び込みはしてはいけないということになっている。怒られるぞー。


「ちょっとあんた達! 勝手にプールに飛び込んだら危ないでしょ!! 早く上がりなさい!」


 案の定男子達は怒られていた。先生にじゃなくて瞳子ちゃんにだけど……。

 彼女の剣幕に恐れてしまったのか、男子達は「ごめん……」と謝罪を口にしながらプールから上がった。さすがは瞳子ちゃんだ。仕事を取られてしまった先生は苦笑いである。


「飛び込んだせいでケガなんかしたら大変なんだからね。水の中は楽しいばっかりじゃなくて怖いことだってあるんだから」


 瞳子ちゃんに諭されて男子達はしゅんとうなだれた。本当に先生のやることがないな。

 瞳子ちゃんはスイミングスクールに通っていてここにいる誰よりも泳ぎの経験がある。だからこそ水に対して真摯に向き合っているのかもしれない。


「わ、悪かったよ木之下……」

「……フンッ」


 プールに飛び込んだ男子の中には本郷もいたようだ。謝ってはいるが、瞳子ちゃんは鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。イケメンのモテ男とはいえ、この態度にはがっくりと落ち込んでしまった。いい薬だな。

 気を取り直してみんなでプールの中へと入る。少し冷たく感じてしまう。泳いでいるうちに慣れるだろうけどね。


「まずはバタ足からいくぞー!」


 先生からの指示でみんながプールの縁に掴まる。笛の音で一斉に縁を掴んだままでのバタ足を始めた。

 バシャバシャと足で水面を叩く音が響く。水しぶきを派手にしてやろうと足の付け根を大きく動かした。


「次は向こう側まで泳いでみようか。ビート板を使ってもいいぞ」


 縦二十五メートルのプールだが、横は十五メートルほどなので小学四年生なら問題なく泳げるだろう。泳ぎに自信がない子でもビート板があるなら大丈夫……とは言えない子はいるんだよなぁ。


「高木、競争しようか」


 おっ、赤城さんが挑戦的なことを言う。瞳子ちゃんほどじゃないにしても俺だって泳ぎには自信がある方だぜ?


「いいよ。やろうか」


 俺はにやりと笑ってみせる。赤城さんも運動には自信があるみたいだけど、水泳では負けないね。これでもスイミングスクールで選手コースを提案されたくらいにはタイムが良いのだ。

 先生の合図でみんなが一斉にスタートする。勝負ともなれば全力を尽くすもんだ。俺はクロールでぐんぐんと進んでいく。


「ぷはっ」


 端に手がついて顔を上げると、すでに瞳子ちゃんと本郷がゴールしていた。瞳子ちゃんにはともかく、水泳なら本郷に勝てると思ったんだがなぁ……。

 でも赤城さんには勝ったもんね。女子に勝って満足しようとしている元おっさんがいた。というか俺だった。

 で、その赤城さんはどこだ? 今泳いでいる子達の仲から見当たらないんだけども。


「ぷっはぁっ」

「うおっ!?」


 赤城さんが急に水面から顔を出してびっくりしてしまった。え、どこにいたの?

 無表情のまま赤城さんが俺の方に顔を向ける。


「負けたか」


 と、ちょっとだけ残念そうな声色である。俺は気になって尋ねてみた。


「赤城さん、ここまでどうやって泳いできたの?」

「潜水」


 そうこともなげに言う赤城さんになぜだか負けた気になってしまった。この子、スイミングスクールに通っていたら瞳子ちゃんのライバルになっていたのではなかろうか。

 潜水だったにも拘わらず、クラスで四位になった赤城さんなのであった。そして葵ちゃんはビート板があっても十五メートルを泳ぎ切ることができなかったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る