第4話


 自分の能力の確認、そして成長の仕方の確認を終えたハルは、そこからは戦闘を避けてひたすら黙々と階段を上がっていく。

どれくらいの時間が経過したのかはわからないが、今のハルの身体でも疲労が蓄積してきたと感じてきた頃に階段が終わりを迎え、通路のような場所へと出た。


 途中分かれ道があったが、右手を壁にあててそれに従って進んでいくと途中で空気が変わったことに気づく。


「もしかして……外か?」


 洞窟の中独特のよどんだ空気が、外から入って来る新鮮な空気へと変化している。

 ドクドクと高鳴る鼓動に背中を押されるようにはやる気持ちを抑えることができず、歩きから早足へ、早足から小走りへ――小走りから全力疾走へと徐々に速度をあげて空気が流れてくる方向へとハルは突き進んでいく。


「っはあはあ……」

 疲れた身体に鞭打ってなんとか足を動かし続ける。

 空気だけでなく、外からの光が入ってきているのか洞窟内が次第に明るくなってきているのを感じた。


 そして、最後の曲がり角を曲がった先。


「外だ!」

 眩いまでの太陽の光に目がくらんで一瞬目元に手をかざすハル。

 そこはもう完全に外へ繋がっており、ついにハルは洞窟から脱出することに成功した。


「やった! ……えええええぇえええぇぇええ!?」

 感激の声を出した次の瞬間、驚きの声が周囲に響き渡る。


 そこは崖の中腹であり、飛び出そうとしたハルは落ちそうになる身体を全力で止めていた。

 見晴らしの良い風景が広がっていたが、足元が少ししかないことに肝が冷え、ハルは先ほどとは別の意味で心臓が暴れているのを感じていた。

 

「ふっ……ぐっ、はっと、はあはあはあはあ――助かった……」

 なんとか後方に身体を戻して尻もちをつくことに成功したハルは大きく息を吐いて安堵する。


 出口と思われた場所から二歩進んだ場所は、足場が無く切り立った崖になっていた。

 少し強めに吹く風がハルの思考を冷静なものへと変えていく。


「これは肝が冷えるな……一歩分の幅しかないのか」

 そっと覗き込むように改めて外を見ると、なんとか壁沿いに張り付いて移動すれば、崖の上に繋がっていそうだった。

 恐怖心はあるが、覚悟を決めたハルは壁に張り付きながら移動していく。


「慎重に、慎重に、ゆっくりと、ゆっくりと……」

 自分に言い聞かせながら、ハルは慎重に壁をつたって登って行く。


 移動速度が極端に遅いため、崖から上がることができたのはそれから数時間経過したのちの話だった。






 疲れ果てたハルだったが、なんとか街に戻ることに成功した。

「ふう、やっと戻ってこられた……」

 疲れた身体に鞭打って冒険者ギルドへと向かうハルだったが、すれ違う冒険者たちが驚いた表情でハルのことを見ていることに気づく。ハルの顔を見るとひそひそと声を潜めて何やら喋っているようだったが、普段なら聴き取れるそれも疲労と早くギルドに向かいたい気持ちのせいか彼の耳には入ってこなかった。


「――なんだ?」

 首をひねりながらも、ハルは冒険者ギルドの建物に入っていく。


「はっはっは、結構溜め込んでやがったなー」

 入った瞬間、そんな声がハルの耳へやけにクリアに入ってきた。

 ハッとしたように声の主に視線を送ると、それが誰かわかる。


 ハルが今回入ったパーティのリーダーの声だった。ハルの荷物をニマニマとした表情で品定めしている。


「……あぁ、よかった、無事だったのか」

 リーダーの男の言動に一瞬固まってしまったハルだったが、次の瞬間には安堵を感じていた。囮にされたとはいえ、パーティメンバーが無事だったことにハルは思わずほっとしたのだ。


 しかし、その思いはパーティメンバーは違ったようだった。


「って、てめえ、生きてやがったのか!」

 まるで死人が帰ってきたかのような反応をパーティメンバーが見せる。

 歓迎されるまでいかなくとも、ここまで酷い反応をされると思っていなかったため、ハルは再び首をかしげることとなる。


「あ、あの、ハルさん。その、パーティのみなさんがあなたの死亡届を出されまして、ハルさんがいなくなってから一週間経過したので、届けを受理しました。それなので宿に預けていた荷物は、えっと、言いにくいのですが、こちらのみなさんのものに……」

 おずおずと申し訳なさそうな冒険者ギルドの受付嬢の説明を聞いて、ハルは状況を理解する。


 ハルの荷物の所有者は目の前でハルのことを睨み付けている冒険者たちのものになっているため、本来の持ち主の手に戻ることはない――そういうことだった。


「……そうか」

 周囲から見ると一見がっかりしたようにハルは下を向く。

 だがハルは気絶していた時間も含めて一週間も経っていたことに驚いていた。


「は、ははっ、いいじゃねーか。俺たちがお前の荷物を有効利用してやるんだからな! むしろ感謝されてもいいくらいだぜ?」

 押し黙って静かな様子のハルを見て、冒険者たちはビビっているのだろうと決めつけ、高圧的な態度をとっている。


 それに反応してなのか、気持ちの整理がついたからなのか、ハルは顔を上げてパーティリーダーを見る。

 そのまなざしはこれまでポーターとして最底辺にいた人間とは思えないほどに強い光を持っていた。


「なんにせよ手続きにのっとったものであるなら、その金や荷物はお前たちのものだ――おめでとう」

 それほど自身の荷物に頓着がなかったハルはふっと薄く笑い、パーティリーダーたちにそう言って別れを告げた。

 

 そして今度は先ほど状況を説明してくれた受付嬢のもとへと移動する。

 思ってもみなかったハルの反応にパーティメンバーは驚き、周囲の冒険者たちも静かにただ成り行きを見守っていた。


「見てのとおり俺は生きている。すまないが、死亡届の取り下げをしてもらえるか?」

 冷静なハルの言葉に、受付嬢は戸惑いながらも自分の仕事を果たそうとする。

「え、えっと、その、取り下げは大丈夫です。その、ご本人がいらっしゃるので、ただ確認のためカードの提出をお願いします」

 彼女の言うカードとはポーター登録カードのことであり、ハルは頷いてそれを取り出す。


「これでいいか?」

 それは服のポケットに入れていたため、サラマンダーの炎のせいか少し焦げていたが、ギルドの魔道具で読み取ることができた。

「はい……ありがとうございます。確認とれました。でも、その、荷物の返却は行われないのですが……」

 言いづらいことだったが、それでも言わなければいけないという使命感から、唇をかみしめつつ胸元でぎゅっと拳を作った受付嬢はハルへとその事実を伝える。


「あぁ、わかってる。わざわざ教えてくれてありがとう」

 彼女の気遣いを感じ取ったハルは優しくふっと笑うと、受付嬢へと礼を言う。

 彼の落ち着いた様子、どこか自信がある様子は彼女から見て、これまでのハルとどこか違う――そう思わせるものだった。


「それから、冒険者登録もしたいんだが構わないか?」

 その一言は受付嬢を一瞬固まらせ、周囲をざわつかせるのに十分なパワーを持っている言葉だった。


 この冒険者ギルドを常用している冒険者であるなら、ハルが冒険者を目指していたがなんの才能もないためにポーターをしていることを知っていた。

 そして、冒険者になるにはその実力をギルドが指定した冒険者が確認することになっている。


 最低限戦えるレベルがあるか、それが基準になっていた。

 過去にハルは挑戦したことがあったが、その時はなすすべなく負けてしまっていた。


「その……よろしいのですか?」

 ギフトを持たないハルが挑戦するのは、同じ結果になることは誰しもがわかっていることである。それでも挑戦するのか? ――心配するように受付嬢は質問している。


「あぁ、今度は同じ結果にはならないさ」

 ニヤリと笑うハル。その表情を見て、受付嬢はなぜか身体が熱くなるのを感じていた。


「わ、わかりました。それでは、試験の調整をしますね。どなたかに試験官を……」

「構わん、俺が相手をしてやろう」

 それはこの冒険者ギルドの中でもトップクラスの実力を持っているAランク冒険者だった。

 低く響くような声と共に現れた筋骨隆々の肉体からは、それだけで強さを感じさせる圧倒的な存在感がある。


「……えっ!? ザウスさんが!?」

「何か問題でもあるか? なあ、ハル。俺で構わないよな?」

 とんとんと自身の胸を叩きながら、この場にいる全員の注目が質問するザウスと、質問されるハルに集まっている。


「……あぁ、構わない。ザウスが確認してくれるなら、不満は出ないだろうからな」

 ハルもまさか彼が出てくるとは思わなかったが、彼ならと同意する。

 それほどに、ザウスの実力、そして人柄に対する信頼はこの界隈で厚かった。


 ずっと成り行きを見守っている受付嬢は無謀だと思っていた。


 冒険者ランクとは実力、実績から判断されて付与される。

 ザウスのAランクというのは上から二つ目であり、ハルのような実力のない人物を評価するには適していない――それが彼女の考えだった。


「えっと、お二人がよろしいのであれば、中の訓練所へお願いします。試験は見学は不可となっていますので、皆さまご了承下さい」

 しかし、彼女は仕事に忠実であるため、嫌な気持ちになるのを振り払うように首を数回横に振ると、真剣な表情で話を進めていく。

 心のどこかで、先ほどの自信のあるハルの表情も気になっていたための判断でもあった。


 彼女の案内に従って、ハルとザウスは訓練所へと向かって行った。



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