第3話



 ぴちょん、と音をたてて天井からしずくがしたたり落ち、それがハルの顔にあたる。


「ん、んん……あ、あぁ、戻ったのか」

 その衝撃でハルはゆっくり目を開くと、指を動かし、腕を動かし、足を動かし――最後に身体を起こしと、自分の身体の機能を順番に確認していく。


「【水鏡起動】……やっぱり、ステータスがちゃんと変わってる。――ふふっ、本当に俺はギフトを手に入れたんだな……」

 いつ見ても空欄だったギフトの欄に今は『成長』と記されているのを見て、自然と笑みがこぼれていた。

 最後にディオナが気合を発破をかけて気合を入れてくれたことで、自分の力を認める気持ちも強くなっていた。


「そういえば傷も、ほとんど治ってるみたいだ」

 セアの言葉通り、ハルは身体を見回して特に大きな怪我がないことを確認する。


「さすがに火傷は完治しなかったか……髪の色もちょっと変わったな」

 水鏡をそのまま鏡として使って自分の顔を確認すると、そこには火傷のあとが少し残っていた。

 そして、火傷をした側の髪の毛の一部は黒色から赤に変わっていた。


 自分自身の確認を終えたところで、今度は周囲を確認する。


 ハルはサラマンダーとともにかなり下の階まで落ちていた。

 おぼろげな記憶を辿る限り、かなり深いとこまで落ちてきたことがわかる。

 ふと上を見上げてみるが、そこに天井はなく、どこまでその暗闇が続いているのかわからない。


 ダンジョンの壁には光を放つ鉱石が埋め込まれているため、周囲は確認できるだけの明るさだった。


「……うおっ!」

 ふと自分が何かに乗っていることに気づいて下を見ると、そこには冷たくなったサラマンダーの死体があった。

 そのサラマンダーと目があってしまったため、ハルは変な声を出しながらそこから飛びのく。


「……本当に俺が倒したのか」

 必死あったのと、そしていつの間にか気絶してしまったため、ハルは自分で倒したという実感がなかった。

 しかし、実際に倒したソレを見て徐々に実感がわいてくる。


「――角と鱗だけもらっておこう」

 サラマンダーの素材は装備などを作る上で貴重であり、売りに出しても高価で取引される。

 ハルは魔物の特徴、素材についてなど普段から様々な情報収集をしていたためサラマンダーの中でも特に高い素材を見極めて採集していく。


「それにしても……」

 改めて周囲を見ると、そこには階段があり、上に続いているようだった。


「あそこから上がるしかないか」

 一度死を覚悟したハルはこの状況にあって落ち着きを見せていた。

 自分にはなんのギフトもないと思っていた、それが特別な形で成長というギフトがあることが発覚した。


 『この力を試してみたい』という気持ちにワクワクする気持ちがあるがゆえに、一人きりの今も恐怖や不安という気持ちを抑え込めていた。


 それからハルは無言で階段を上り続ける。


 何段上がったかわからないが、かなり登ったにも関わらずハルは不思議と疲れていなかった。

 レベルが一つ上がったことで、身体機能が全体的に、飛躍的といっていいほど強化されており、どれだけ長くとも階段を登る程度では疲労することはなかった。


 移動しながら自分の力についてハルは試していく。


 まず炎鎧――これは文字通り、身体に炎を纏って鎧のようにする能力。


「えっと、えんがいって読むのか……」

 そのイメージをもって、名前を口にするとハルの身体にぼっと噴き出すようにして炎が生まれる。


「おっと、これはすごいな。熱くない……のに」

 ハルは炎を身に纏ったまま拳を放つ。そして、回し蹴り、手刀と身体を動かしていく。その間も炎は消えずにそのままあった。


 炎鎧に他者が触れれば熱さを感じるが、ハルはスキル耐炎によってそれは解消されていた。


「最初に手に入れたのがこれらのスキルでよかったかもなあ」

 再度水鏡で自分の能力を確認してそう呟く。


 竜鱗はその名のとおり身体に竜の鱗を生み出して防御力をあげることができる。

「決めた範囲にだけ出すことができるのか」

 スキルランクが上がれば全身を竜鱗で覆うことができるが、スキルランク1ではこれが限界だった。


 残りの一つはブレスだったが、小さな火の玉を口から出すことができる程度だった。

 それ以上ともなれば耐炎でも防ぐことができず、口の中が火傷する可能性が高かった。


 自分の能力の確認をしていたハルだったが、階段が途中で途切れ、小さな広場に到着したところでそれを中断する。


「――いるな」

 物陰に身をひそめたハルは広場にいる何者かの気配を感じ取っていた。


 その気配の主は魔物だった。ひととはまた違う独特の雰囲気を持つからこそ、その判別ができた。


「もらった能力を使ってみるか」

 ハルは鑑定で魔物のステータスを確認する。



*****************

種族:アイスハウンド

ギフト:ブレス(氷)1、氷牙1

*****************



「(こっちのスキルが炎で、あいつが氷のスキルか。ちょうどいい)」

 心の中でそう言いながらハルは静かに、忍び寄るようにアイスハウンドへ近づいていく。


(いまだ!)

 アイスハウンドがハルがいるのとは反対方向を向いたところで、ハルはスキルを発動しながら駆け寄っていく。


 しかし、足音を消すことができないため、野生の勘も手伝ってかアイスハウンドはすぐにハルに気づいて振り返った。


「くそっ!」

 それでもハルは攻撃を止めることなく、アイスハウンドへ襲いかかる。


「ガアアアアアア!」

 自身に向けられる敵意に気づいたアイスハウンドは大きく口を開け、鋭い氷の牙でハルを迎え撃つ。

 氷の身体を持つ魔物に対して、ハルは炎を纏って攻撃する。


 アイスハウンドは大抵の場合、最初に氷牙で攻撃をしてくる。

 それを見越していたハルは、寸前で横にそれてアイスハウンドの横っ腹目がけてナイフが突き出す。


 ナイフも炎鎧の炎が纏われており、アイスハウンドの身体に抵抗なく突き刺さっていく。

 このナイフはハルがコツコツ貯めた金で買った逸品であり、サラマンダーの逆鱗にも突き刺さるほどのものである。


 ならば、明らかに格の落ちるアイスハウンドにナイフが通るのも当たり前のことだった。


「ギャウウウウウン!」

 まるで弱った犬のような声をあげるアイスハウンドに対して、ハルは追加の攻撃を繰り出していく。

 レベルが上がったことでハルの敏捷性もあがっており、手負いのアイスハウンドが逃げようとしてもすぐに追いついて数十発の突きが刺さる。


「クウウウウン……」

 そして、その声を最後にアイスハウンドは絶命した。



【スキル:ブレス(氷)、氷牙を獲得しました】



「おぉ! 頭に声が聞こえた!」

 透き通るような声で頭に響いたスキル獲得の言葉に、嬉しそうに顔を輝かせたハルは水鏡を起動して自分のステータスを確認する。

 そこには、先ほど獲得したスキルが記載されていた。


「本当に魔物のスキルを覚えられるのか……」

 疑っていたわけではなかったが、実際にスキルの獲得を経験することでギフトの効果を実感していた。


「よし、もっと戦ってみるぞ!」

 気をよくしたハルは他にも魔物がいないかと確認していく。

 このフロアには何種類かの魔物がいたが、ハルはあえてアイスハウンドだけ狙って戦っていく。





*****************

名前:ハル

性別:男

レベル:1

ギフト:成長

スキル:炎鎧2、ブレス(炎)1、ブレス(氷)2、竜鱗1、耐炎2、耐氷1、氷牙2

加護:女神セア、女神ディオナ

*****************





 数時間後にハルは水鏡を使ってステータスを確認する。

「スキルレベル2か……」

 同じ敵を何体も倒した結果、ブレス(氷)と氷牙のレベルが2にあがっていた。

 そして、耐氷に関しては、それを持っている個体もいた結果、身につけたスキルだった。


「うん、炎鎧も上がってるな」

 スキルレベルがどういう時に上がるのか、ハルはそれを分析するためにアイスハウンドに絞っての戦いを選択していた。


 女神から得た情報では手に入れたスキルがどのように成長していくのかはなかったため、自ら分析する必要があった。


 今回の経験から判断した結果こうなった。


①手に入れたスキルはスキルレベル1から始まる。

②同じスキルを手に入れても、レベルが上がるわけではない。

③同じスキルを手に入れた場合経験値のようなものが手に入り、一定値になるとレベルが上がる。

④手に入れたスキルは、使用していくことでも経験値がたまり、動揺にレベルがあがる。


「わからないのは、ただ使えば経験値がたまるのか、使って敵を倒すとたまるのかだが……まあ、それはあとでいいか」

 確かめたいことを一通り理解できたため、ハルはとりあえず現状の情報で満足することにする。


 それはいつまでもこの場所にいるわけにもいかないための判断だった。

 出来るだけ早く街に戻って、ギルドに顔を出さなければ、元パーティメンバーに何を言われるかわからないというリスクがあったからだ。

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