第2話
【レベルが上がりました】
そのメッセージだけが強く心に残ったまま、ハルは意識を失っていた。
しかし、意識を失ったはずなのに自分の意識があることに気づく。
全くの矛盾した状態を疑問に思いながらも目をゆっくりと開けていく。
「やっと目覚めたわね」
「よかったですね、無事才能を開花することができて」
広大な白い空間。
そして目の前には、今まで見たこともないほどの美女が二人いる。一人は柔和な雰囲気の豊満な体つきで、もう一人は控えめではあるがすらりとスタイルがよく、二人ともそれぞれ正反対ではあるが飛び切りの美人であることは間違いなかった。
タイプの違う二人だが、それぞれハルが起きたことを嬉しそうに喜んでいる。
「だ、誰だ!?」
急に現れた美女二人に戸惑うハルはがばっと身体を起こして声をあげた。そして、状況を少しでも把握するために記憶を辿っていく。
「確かサラマンダーが突然現れて……くそっ! パーティリーダーに投げ飛ばされたんだ!」
その途中で捨て石として、囮として、逃げるための時間稼ぎとして魔物に向かって投げられたことを思い出す。
「……思い出したみたいね。そうよ、あなたは自分の仲間に裏切られて危険な魔物に向かって投げられたの。でも、そのあとのことも覚えているかしら?」
最初は堅い表情で頷いた柔和な美女がふわりとほほ笑みながら問いかけてくるその質問を受けて、ハルはその続きを思い出そうとする。
「確か、なんとかしようとして持っていたナイフをサラマンダーの逆鱗に突き刺した……ダメだ、そこまでしか覚えてない」
もやがかかったように思い出したくてもその後の記憶が全くおもいだせなかった。悔しさに頭を押さえるハルは火傷などのダメージを負っており、更には落下の衝撃も重なって、記憶が混濁していた。
「それもそのはずです、かなりのダメージを受けていましたから――でも、そのおかげであなたはレベルアップすることができましたの」
柔和な美女が嬉しそうに語る、レベルという聞きなれない言葉。それは、頭に流れてきたメッセージにもあった言葉だった。
「その……レベルというのは?」
始めて聞いた言葉に戸惑う様子を見せたハルの質問に、二人の女性は一瞬きょとんとして見つめ合うと、しばらく考え込んでいた。
「説明も面倒だから、そのあたり知識を与えることにしましょうよ」
「そうしましょうか、それでは失礼しますわね」
細身の美女が面倒そうに肩を竦めたのを見て、最初に語り掛けてきた柔和な美女はハルの頭にそっと手を置く。
一体どんな状況であり、彼女たちが何者なのか? どちらもわからなかったが、不思議と警戒心はなく、抵抗するつもりもおきなかった。
彼女たちからはどこまでも温かく包み込むような無限の愛が感じられたからかもしれない。
そんなことをぼんやりとハルが考えていると、彼女たちの言う『知識』が自分の中に流れ込んでいくのを感じる。
①レベルとはその者の強さを表す数値、高ければ高いほど全体的な能力が上がる。
②レベルを上げるには経験値を貯める必要がある。
③レベルを一つ上げるには、相当量の経験値が必要になる。
④レベルが上がるのはギフト『成長』を持っている者のみ。
⑤ギフト『成長』は初めてレベルが上がった時にその存在が明らかになる。
⑥特徴として、倒した相手のギフトを習得することができる。
⑦このギフトを持つものは世界で一人のみである。
更にこのギフトを考案したのが、目の前にいる二人の女神であり、使いようによっては強すぎるギフトであるため、神によって③⑤のような制限がかけられている。
そして、このギフトに目覚めたものには混乱を避けるため、女神二人が説明することになっている。
――と、ここまでが女神が与えた知識だった。
「っ……い、痛てて。頭がガンガンする――と、とりあえずはわかった……いや、わかりました」
急に知識をあれこれ植え付けられた影響からかハルは痛む頭をおさえながら女神へと返事をする。
相手が神であるとわかったため、一応口調は直していた。
「ふふっ、いいのですよ? 元の話し方で。私たちは素のままのあなたとお話をしたいのです」
柔和なおっとりした女神がニコニコと笑顔でハルの頭を優しく撫でながら、言葉遣いに許可を与える。
「あ、あれ? 頭が軽い……あ、ありがとう!」
おそらく女神のおかげであると予想したため、がばりとハルは頭を下げた。柔和な女神はふわりと満足げに微笑むと手を離す。
「まあ、そういうわけよ。とにかくあなたはギフト『成長』に目覚めたのよ!」
そう言ってビシッと元気なスレンダー女神がハルを指さす。
「は、はあ」
「何よその反応は! もっと喜びなさいよ! 能力については理解したんでしょ?」
先ほど与えられた『知識』。それによって確かにハルはギフト『成長』について理解することができた。
しかし、いかんせんハルは生まれてこの方ギフトがなかったため、実感が乏しく、感動仕切れずにいる。
「まあまあ、お姉様。ハルさんも実際にどういったものか使ってみないことにはわからないと思うのです。今はただレベルが上がったことしかわかっていないのですから。あ、ハルさん。言い遅れましたが、私の名前はセアといいます。こちらは姉のディオナです」
おっとり女神ことセアはマイペースであるらしく、姉であるディオナに抱き着きながらここで自己紹介を挟む。
「あ、あんたサラッと名前を言ったわね……まあ、いいわ。いきなりのことだし、知識だけじゃこのギフトはわからないわね。とりあえず、能力に関してはあなたの頭にある通りよ。その力に目覚めたからにはその力を上手に使いなさいよ!」
妹のセアに抱き着かれて少し押され気味になったディオナだったが、このギフトを作っただけあり、思い入れが強いようでハルに向かって語気を強めた。
「えっと……俺はこの力を使って何をすればいいんだ?」
ギフトがないと言われた自分に突如降ってわいた能力――それは彼女自らが作ったというギフト。
ならば何かなすべきことがあるのではないかとハルは悩んだ。
「特には……ねえ?」
「そうですねえ……しいて言えば自由に過ごして頂くのが一番かと思われますわ」
悩むハルに対して困ったように顔を見合わせた女神姉妹はあっけらかんとした様子でそう言った。
自由にと言われ、ハルはやや戸惑いを見せる。
「そんな特別な力をもらったのに、何かなさなくてもいいのか?」
神より与えられた使命――そんなものがあるのではないかとハルは思っていたが、二人は苦笑しつつ首を横に振った。
「すごい力かもしれないけど、それでもギフトよ。みんなが与えられたものと同じ。そうね、例えば筋力強化のギフトをもっている人は必ず力を使う仕事に就かなければいけないわけではないでしょ?」
ディオナはハルにわかりやすいように言葉を選んで説明を始める。
もちろん、ギフトを活かそうとするものが大半だろうが、決してそれは決まりではなく、どう能力を使って行くかは自分自身の判断である――ゆえに、ハルも同様に好きなように生きて欲しいというのが、女神二人の希望だった。
「なるほど……」
その考え方はハルにとっても心地よいものであったため、すんなりと受け入れることができた。
そしてずっと渇望していたギフトを得た実感を少しづつ噛みしめ始めていた。
「それでは、そろそろ水鏡で自分の能力を確認してみてくださいな?」
セアがふわりとほほ笑んでハルに能力を確認するように言う。自分の力を確認する水鏡は、能無しと言われてきたハルも使うことができる。
「えっと、【水鏡起動】」
ハルの言葉に反応して、水鏡と呼ばれるプレートが表示される。それはサイズにしてA4くらいのサイズであった。
「――なになに……っ!?」
ギフトを得たという喜びに気を取られていたハルは改めて自分の力を確認して驚くこととなる。
*****************
名前:ハル
性別:男
ギフト:成長
スキル:炎鎧1、ブレス(炎)1、竜鱗1、耐炎1、鑑定
加護:女神セア、女神ディオナ
*****************
「……こ、これは!?」
シンプルな表示ではあったが、驚くべき部分がいくつもあったため、思わず声をだし、女神たちに問いかける気持ちが溢れて顔をがばりと上げてしまう。
「何かあったかしら?」
水鏡は当人にしか内容を見ることができないため、想像していた反応と違うことにディオナは訝しげな表情で首をかしげている。
「い、いや何かあったか? ……って、ギフトが表示されてる。いやそれはいいんだ、成長については聞いていたから……でも、スキルという項目があるなんて初めてみたぞ! しかも、五つも表示されている。それに、この加護って一体なんなんだ?」
口にし始めた途端に止まることなく次々に質問をするハルのことを女神二人は笑顔で見ている。
「ふふっ、驚かれたようですね。それではご質問に答えていきますわ。スキルという項目は倒した結果手に入れた相手のギフトがそこに表示されることになりますの。今回の四つはハルさんが倒されたサラマンダーの持っていたギフトでしょうね」
五つ目は別物であるため、セアはそこまでで一度説明を区切る。
「それと、最後の鑑定は相手の能力がわからないと、いざスキルを手に入れようとして戦う際に困ると思って付与したものです。有効に使ってどの能力を手に入れるか考えて戦ってみて下さい」
その説明にハルは新たな疑問が生まれたが、ここはその疑問を飲み込むことにして説明を待つ。
「次に加護ですが、特に気にしなくていいのですけど……私と姉さんがあなたに加護を与えたというもので、うーん……とても困った時に助けがあるかも? くらいに思っていて下さい。それから、モンスターもギフトを持っています。成人の儀はやっていませんけどね。ふふっ」
セアの説明で更に浮かんだ疑問に対する答えがつけたされつつの言葉に、ハルは心の中を読まれたと気づくも、やはりこの二人は女神なのだなと実感していた。
だが、これだけの力が自分に備わった……にも関わらず、ハルの表情は優れない。
「どうかしましたか?」
「……いや、何もしてないのにこんな力をもらってもいいのかなって」
気遣いながら声をかけるセアを見上げながら、困惑した様子のハルは急に力を得たことに戸惑いを覚えていた。
「なあに言ってるのよ!」
ハルの迷いを吹き飛ばすように大きく声を上げたのはディオナ。その言葉と共に彼女はハルの頭にげん骨を落としていた。
「っ、いったあ! な、何をするんだよ!」
突如襲いかかった痛みにハルも怒って返すが、それでもディオナはハルをキッと睨み付ける。
「あなたが何もしてないなんてなんでそんなこと言うの!? 何もしてなければ私たちの出番なんてなかったのよ! ……いい? 今回、あなたは自分の力でレベルアップしたの! あなたが普段から魔物のことを勉強してなかったら、そしてあの場面で諦めていたらこの結果にはならなかったのよ! 第一成人の儀でギフトをもらえなくてもただ夢のため諦めずに身体を鍛えて、ナイフや剣の使い方を学んで、魔物の勉強をして――もー!! とにかくそうなのよわかった!?」
まるで自分のことを傷つけられた時のように怒りを露わにするディオナは鼻息荒くハルの鼻先まで詰め寄っていた。とびきりの美人である彼女が怒るとそれは迫力のあるものだった。
「まあまあ、お姉様、落ち着いて下さいませ。……でも、お姉様の言うとおりですの。お仲間に放り投げられてから、持つ武器をすぐに用意して、弱点目がけて攻撃をする――それができたからこその結果なのですよ?」
柔和な笑みを浮かべたセアはディオナを引き剥がしながら説明を続けた。未だ怒りに唇を尖らせるディオナであったが、早く理解しろと言わんばかりにハルをじっと見ている。
「……っ、そう、なのか?」
二人の言葉を聞いてハルの目からは自然と涙がこぼれていた。
ぼろぼろとつたい落ちるそれらを拭うことすらできず、ハルはただギフトを得た喜びに打ち震えた。
これまで散々能無しだと言われ続け、最低限のお金で荷物持ちとしてしか冒険に出られなかった自分を、よく頑張っていたと彼女たちは認めてくれている。人知れず積み重ねてきた努力を掬い上げて抱きしめるように褒めてくれる――そのことはハルの心を大きく揺さぶっていた。
「っ、そうだって言ってるでしょ! あなたはギフトがない状況にあっても諦めずに自分ができることを、情報収集を続けてきた。だからこその、今のあなたなの! もっと自信を持ちなさい! ……な、なにも泣かなくてもいいじゃないのよ!」
我慢できない様子で熱く語るディオナに、ハルは自信を取り戻していく。泣き続けるハルに少し自信を無くしたのかディオナの言葉尻は戸惑うようなそれに代わっている。
「それでは、そろそろあなたが落ちた場所に戻しますわ。レベルアップしたことで怪我も治っているはずなので、まずは力を試すのがいいかもしれませんね――いつかまた、会いましょう?」
「えっ、ちょっ……」
急な別れの言葉と共にハルの身体は元いた場所に帰るために淡く光を纏い始める。
突然のことに、ハルは彼女たちに礼の言葉や、質問などまだまだ言いたいことがあったが、セアは既に送り返す動作に入っており、それは言葉にならずに意識が遠のいていった。
「――はあはあ……いった、わね」
「はい、お姉様。おつかれさまでした」
ハルが消えたと同時に、息荒くディオナはその場にへたり込んでいた。
そんなディオナの身体を支えるセアは労わるようにふわりとほほ笑む。
ハルをこの場に呼びよせ、そしてこの場に顕現させ続けるのはディオナの役目であったが、相当な力を使うため、最低限の説明をするのが限界だった。
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