第5話
訓練所には模擬戦を行うための、円形の石でできた舞台があり、そこで試験を行うこととなる。
「ハル、お前は武器は何を使うんだ?」
訓練用に丈夫な木で作られた武器がいく種類も用意されており、ザウスは片手剣を選んでいた。
「そうだなあ……」
並んでいる武器を見ていくが、ハルは武器に関するスキルを所持していないため、どれをとっても同じだった。
そう、通常の武器として使うには……。
「じゃあ、片手剣とナイフで」
一般的に使いやすい片手剣と、小技に使えるナイフ――それがハルの選択だった。
「ほう、二つか。面白いな」
ザウスもハルの様子の変化に何かあると感じていたため、今回の試験官を買って出ていた。
だからこそ、二つの武器を選択したハルに興味を持ち、ニッと笑う。
「お二人とも準備はよろしいですか?」
二人が武器を選び終わったのを確認すると、受付嬢が声をかける。
「あぁ、大丈夫だ」
「こっちもだ。さっさと試験を終わらせようじゃないか」
シンプルな返事のハルに対して、ザウスはどこかハルを挑発する空気を含んだ言葉を返す。
しかし、ハルはその挑発に反応することはない。
それがザウスの作戦であると理解しているためだった。
「お二人とも舞台の反対側に……はい、それで大丈夫です。それでは――試験、開始!」
受付嬢の開始の合図を受けて、ハルの冒険者実力試験が始まった。受付嬢はどうかハルがザウスに一撃でやられてしまうことのないように強く祈りの気持ちを込めて戦いを見守るように数歩下がった。
「ほれ、かかってこい」
これまでポーターとして冒険者たちの後ろをついていくばかりだったハルがどんな出方をするのかと、ザウスは動かずに彼が動き出すのを待っている。
だが、ハルは無言のまま考えを巡らす。
「(俺の力をザウスは知らない。その有利を活かさないと)」
すっと思考を落ち着かせると、ハルはゆっくりと一歩一歩進んで、じわりとザウスとの距離を詰めていく。
「……なーにを企んでいやがる?」
その動きを見て、ハルが何かを隠しているとザウスは睨んでいる。
しかし、最初に待ちから始めると決めていたザウスは、剣先をハルに向けるだけでその場からは動かない。
二人の距離が五メートルを切ったところで、ハルはぐっと姿勢を低くする。
次の瞬間、足に力を込めて踏み込むと、一気に走り出した。
「おっ、動いたか」
だが真っすぐ向かっているハルを見てザウスはまだ余裕を持って構えている。
「――なにっ!?」
しかし、走り出したハルの速度が徐々に上がっていき、あっという間に距離を詰められたことに驚く。
ハルの身体はレベルが上がったことで、かなり強化されており、走る速度も今までの何倍にもなっていた。
「くっ……この!」
予想外の速さに驚きながらも反射的に、懐に潜り込まれる前に剣を振り下ろすザウスだったが、ハルはその動きを読んでいた。
「遅い」
すっぱりと切り捨てるようにハルは冷たい眼差しのまま次の一手の行動に移る。
敏捷性の高いアイスハウンドを相手にしていたハル。
何かあるといっても所詮はギフトなしだとたかをくくっていたザウス。
その差が、この一瞬の隙を生み出すことになる。
「炎鎧! からの!」
噴き出すような炎を身体に纏ったハルは片手剣で攻撃をしようとする。
「させんわ!」
しかし、それでもAランクのザウスはなんとか身体をひねってハルが右手に持った剣を弾き飛ばすことに成功する。
ザウスは上手くいったという思いと同時に、手ごたえがなさすぎるとも感じていた。そこに嫌な予感を覚える。
それもそのはず、ハルは元々片手剣での攻撃を当てるつもりがなかったため、ただ軽く握っていただけだった。
「本命はこっちさ」
そして、口元だけで薄く笑ったハルは炎を纏わせた木のナイフをザウスへと突き出す。
ハルの耐炎のスキルは、持っている武器にまで適用されるため、木製のナイフは燃えることなくザウスへの脇腹に刺さる。
かと思われたが、ザウスはそれすらも読んでおり、ナイフはザウスの反対の手で弾き飛ばされてしまう。
「はっ! これで、俺の勝ち……!」
相手の攻撃を防げたことで気分が良くなったそうザウスが宣言しようとしたが、ハルが武器を二つ選んだ理由はザウスの意識を武器に逸らすためだった。
「――これで、終わりだ!」
ハルの本命は片手剣でもナイフでもなく、その拳だった。
身体能力のあがったハルの拳がザウスの腹にめり込んでいく。
「いてえ! あっちいいいいいいいいい!」
この情けない声はザウスのもの。腹が一気に熱せられた驚きに身体をのけぞらせて床に転がると、苦しげな表情になっている。
「そりゃ火だからな――というわけで、これで試験終了でいいだろ?」
ハルは炎鎧を収めると受付嬢に質問する。
「……はっ! え、えっと、いいのでしょうか? いえ、それよりもザウスさんの治療を!」
あっという間の出来事に呆気にとられていた受付嬢は彼の問いかけに戸惑い、そして痛みにのたうち回っているザウスに視線を移す。
「いやいや、あれ大げさに騒いでるだけだから。あれだけ鍛え上げた肉体なんだから、俺がちょっと殴ったくらいでダメージになるわけがないだろ?」
身体能力が上がっているとはいえ、ただのパンチにこれほどの反応をするのは予想外だった。ハルは呆れ交じりに床に転がるザウスを見ている。
「いやいや、あっちーんだよ! ほら、これを見ろよ!」
反論するように声を上げたザウスが指し示すそこには、ハルの拳の形にくっきりと火傷ができていた。
「あー、それはすまなかった。まあAランク冒険者に傷をつけられただけでも認めてくれると助かるよ。なにせ、外では俺が打ちのめされるのを期待しているやつらがいるだろうからな」
思っていた以上の結果に肩を竦めたハルは、ザウスに火傷とはいえ傷を負わせたことに満足していた。
「あー、あいつらな。それにしても……何かあるとは思っていたが、お前が死んだことになっていた一週間で一体何があったんだ?」
受付嬢の回復魔法で火傷の治療を受けたザウスが探るようにハルへと質問する。
「まあ、色々さ。それで、俺の試験は大丈夫なのか? 試験官さん」
自分で切り上げたハルだったが、念のためザウスへと確認をする。
もちろん自らの能力に関しては明言は避けている――その部分を語ることは手の内を晒すことにもなるため、語りたくないと案に注げていた。
「……認めるしかないだろう。Aランクの俺に対して、攻撃を当てることに成功してるんだからな。ハルは冒険者として活動していくにあたって十分な実力を持っていると俺は判断する――どうだ?」
ザウスが確認を求めたのは受付嬢、ではなくいつのまにか見学にきていた笑顔の男性にであった。
「いやあ、これはこれは面白いものを見せてもらいましたよ」
ふわふわと笑顔を見せ、ぱちぱちと拍手をしながらハルたちのもとへとやってくる男性。美しい銀髪をなびかせた見目麗しい人物だ。
彼のことはハルも知っていた。名前をグーリア――このギルドのギルドマスターであり、世界に十人といないSランク冒険者という肩書を持っていた。
彼はエルフと呼ばれる長命種であり、かれこれ数十年はこのギルドのギルドマスター務めている。
細身の身体ながら歴戦の勇士の様相を呈しており、ザウスですら緊張しているようだった。
「ハルさんと言いましたか。今の戦い、見させてもらいました。あのザウスを翻弄する動き、とても興味深かったです。聞けばあなたはギフトが発現していないとのことですが、今の戦いぶりをみたらとても信じられないことです。一体……何があったのですか?」
ふわりとした笑顔のままのはずだというのに、同じ質問であっても、さきほどのザウスのものとは異なり、強く問い詰めるかのような威圧感があった。
「……」
ギルドマスターの問いかけに、ハルはしばし沈黙する。
絶句しているわけでも、言葉に詰まっているわけでなく、どう答えるのが正解なのかを考えていた。
ニコニコと笑顔でハルの答えを待つギルドマスターグーリア。
受付嬢はハラハラしながら状況を見守っており、ザウスは真剣な表情でハルとグーリアを見比べていた。
「……もうしわけないが、答えることはできない。それを話すと俺の力の秘密にかかわる。それを誰かに話すことは得策とは思えない」
しばらく考えたのち、ハルは嘘にならないよう、グーリアの質問に答えていく。
このとき、言葉選びは慎重に行っていた。
何故ならば、短いやりとりの中でハルはグーリアのステータスを確認していたからだ。
元Sランク冒険であるため、その能力はけた違いのものだったが、最も気にかかったのは『看破』というスキルだった。
ハルはこのスキルの情報を持っていた。
一言で言うと『嘘を見抜く力』。
突然力に目覚めた――こう答えた場合、嘘にあたるかもしれない。
元々『成長』というギフトはハルの中に存在したからだ。
そうなると、ハルは力を隠していたことになる。
しかし、かといって能力のことを正直に答えれば危険視されるかもしれない。
そう考えた結果、今の答えが最も安全であるというのがハルの考えだった。
「ふむふむ、なるほどなるほど、嘘は言っておらず力のことは秘密にしておきたいということですね。どうやら、私の力のことも知っているようだ」
クスクスとからかうように笑うグーリアの言葉を聞いて、全てを見透かされているような気持ちになったハルはごくりと息をのむ。
「いやいや、いいんですよ。力があって、頭のいい方は大歓迎です。活躍を期待していますよ。それでは失礼します」
手を軽く振りながらグーリアが訓練所をあとにすると、残された三人は、はあっと大きくため息をついた。
「えっと、ハルさん、ギルドマスターのお墨付きももらいましたので合格です。まずは一番下のFランクからスタートになりますが、ご活躍を期待しています!」
気を取り直した受付嬢は本来の役目に戻り、ハルの試験合格を告げる。
これまでのハルを知っている彼女だからこそ、まるで自分のことのように嬉しそうに笑顔だった。
彼女もハルの力のことが気になっていたが、それでも職務に忠実なのが彼女もよいところであった。
「手続きをしますので、一度受付に戻りましょう」
ハルとザウスは頷き、導くように前を歩く彼女のあとをついて戻っていく。
彼らはまだ、ギルドホールがどんな状況になっているか知らなかった……。
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