2膳目 春と出会いと、すれ違い
溶け始めた雪の合間から木の芽が顔を出す季節。あとひと月で学園に入学するというこの時期に、アンジェリカは15歳の誕生日を迎える。これは同時に社交界への正式なデビューの年であり、婚約者が居る者は互いに夜会の席で身につける物を相手に贈るのが慣例だ。
そして例に漏れず、どんな物が欲しいか事前に訪ねに来たシュトラールに彼女はこう言った。
「次のお誕生日?じゃあ、低温調理機が欲しいなぁ〜」
「何て⁇」
一つずつ発する熱量が異なる魔石を12種類組み込み、発した熱がこもり過ぎず、かつ逃げてしまわない特殊な素材の筒と専用の鍋を用いた異世界初であろう低温調理機。
それを開発したシュトラールは、満面の笑みで喜んだアンジェリカお手製のローストビーフをかじりながら、これから始まる学園生活が平穏であることを神に祈るのだった。
ちなみに、低温調理機は貴族の屋敷務めのシェフや高級街に店を構えるレストランにバカ売れした。
そんなこんなで迎えたハレの日。屋敷まで迎えに来たシュトラールと馬車で学園に向かうと、ミゲルが校舎前で出迎えてくれる。
「おはようアンジェリカ、シュトラール。入学おめでとう」
「ありがとうございます、お兄さま」
「ありがとうミゲル。あぁ、学内では“ミゲル先輩”と呼んだほうが良いのかな?」
「茶化さないでくれよ。それより、ラルは新入生の代表あいさつがあるだろう?早く行ったほうが良い。案内する」
一年先に入学したミゲルは、すっかり学園に馴染んだようだった。一時開き掛けていた新たな扉も閉ざされたように思う。そう思いたい。ぜひそうであってくれ。
今は一年目から三年にも引けを取らない知識量を買われて、生徒会にも所属しているそうだ。
そんなミゲルに入口まで連れ立ってもらい、二人は特にトラブルもなく無事に入学式を終えた。
途中、壇上で挨拶中に見えたアンジェリカが誰かを探すように周囲を見回していたが、あとで理由を聞いても体よくはぐらかされてしまってちょっとモヤモヤする。
「凛ちゃん……」
「リン?人の名前かい?」
「ーっ!ごめんなさい、なんでもないよ」
「それならいいけど……、このあとは施設のレクチャーも兼ねて学内の会食場での昼食会だよ。具合が悪いなら、無理に参加しない方が……」
「学食!!?行く!行きます、いきましょう!」
途端に瞳を輝かせたアンジェリカに両手を掴まれ、頬にさした朱色を誤魔化すように顔を背ける。
「そうだった。君が新しい料理に出会える場を逃すわけは無かったね。そこまで形式張った場では無く、生徒間の垣根を作らない為に席も自由だそうだから、埋まってしまう前に行こうか」
「はーい!楽しみだねぇ」
「高位貴族であるこの俺達がこんな貧相な料理など食えるか!!!」
食堂に差し掛かった瞬間、中から響いてきた怒鳴り声となにかが砕け散る音に、アンジェリカの顔から色が消えた。
一方、同時刻。学園長室にて。
「では、やはり貴女は今年の秋までは学園には来られないと?」
「はい。平民の立場ながらお誘い頂いたにも関わらず、不躾で申し訳ありません。ですが、実家の建て直しが済み再び家業が軌道に乗ったら、その時はぜひお受けしたいと思っております」
「そう……。ご家庭の事情も事情だし、無理強いは出来ないわね。それにしても、貴女がわが校の推薦枠を得た腹いせにお店に火を放っだなんて、残忍だこと。貴女とご家族が無事で良かったわ」
『入学前でも、困り事があったら連絡してちょうだい』と手を握ってくれる学園長。ゲームでは、亡くなった娘にリリアナが生き写しだとして全面的にヒロインに好意的だった方である。(流石にあからさまな贔屓は無いが)
たまたま王都に来た際に、具合を悪くしていたこの人に声をかけてしまったのがいけなかった。
(せっっっかく推薦枠の書状が届かなくて安心してたのに!まさか反射で助けたおばあちゃんが学園長だったなんて……!どうすんのよアタシ!!!)
せめて一回で好感度が爆上がりする初期イベ回避に入学をずらし込んだリリアナは、帰り際に何やら般若のような顔になった美少女が学食に駆け込んでいく様を見てしまって『本物の令嬢って怖ぁ……』とひとり呟くのだった。
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