第二章 学食が美味しくないと登校意欲は半減だと思います

1膳目 転生ヒロインは男なんざお呼びではない

 ここは国内一栄えた港町“クインテット”。学術院があり人口が多く、新鮮な海産物や美しい砂浜を求めた観光客でも賑わっている。

 そんな人々が行き交う大通りに面したすずらん洋菓子店は、連日大盛況を誇っていた。


「リリアナ!カフェの方が手が足りないから手伝ってきてくれ!!」


「はーい!」


 持ち帰り販売のエリアから移動してきた看板娘に、男達から歓声があがる。

 この店の一人娘、リリアナ。華奢な体つきにクリーム色の髪、桃色のまん丸い瞳と如何にも庇護欲を誘いそうな容姿の少女の評判は街の外にも広がり、今や彼女目当ての男はあとを経たない。


 そんなあからさまな目線に晒されながら、リリアナは手際よく注文の品を各テーブルに配膳していく。しかし、3番目のテーブルに差し掛かった際に、隣の席の客の手が彼女の尻をなぞった。


 驚いて振り向いたリリアナに、それをした男二人組がいやらしく笑う。


「お客様、当店は美味しいスイーツをお召し上がり頂く場です。他のお客様に不快感を与えるような振る舞いはお控え下さい」


「なんだ?俺たちが触った証拠でもあるのか?なぁ」


「こんなチンケな店、狭くて身体のおかしなところに物が当たったっておかしくないだろ」


「……何ですって?」


 あからさまに見下したその態度に、リリアナの顔色が変わる。しかし男二人の侮蔑は止まらない。

 恐らくリリアナの尻を触ってきた方の小太りな男が、先程配膳されたケーキを指差し言った。


「それよりさぁ、これ見ろよ。ケーキに髪の毛が乗ってたんだけど。半分も食べちゃってから気づいてさぁ、こっちは気分最悪なわけ」


「あんた、店主の娘なんだろ?責任取ってくれよ」


「……はぁ。お客様、当店にはお客様と同じ、“黒髪”のスタッフは1人もおりません。そちらは店内で混入したものではございませんので、責任を取らされるいわれはありません」


「ちっ、噂通り生意気だな。いいから来いよ!」


「逆らわない方が身のためだぜ」


 もう1人がリリアナの背に回り、彼女を羽交い締めにしようと手を伸ばす。周囲が流石に不味いとざわつくより早く、リリアナは配膳トレーで背後の男の顔面を潰し、そのまま胸ぐらを掴んで背負投げた。

 必然的に投げられた男がセクハラ男を潰す形で二人して床に倒れ込み、そこにすかさずリリアナがピッチャーで水をぶっかける。


「当店は女の尊厳を売るお店ではございません!おかえり下さいやがりませこの下衆共が!」


 愛らしいツインテールを揺らし、鼻を鳴らすその姿は男前。

 そのギャップに他の客は拍手を送り、可憐な美少女に完敗した男達は『客にこんな仕打ちしやがって、覚えてろ!』と吐き捨てて逃げていった。

 が、丁度巡回していた警備隊に出くわし、あっさりお縄につく羽目に。まぁそれも、リリアナが時間的に今逃げ出させれば鉢合わせるに違いないと計算した結果だが。


(あーっ、本っっ当鬱陶しいったら!いくらヒロインだからって毎日毎日客に地雷男が混ざるあたしの身にもなれってのよ!!まあ今日のは固定発生だから仕方ないけどさ!)


 そう苛立ちつつも、完璧は営業スマイルで『お騒がせいたしました。お詫びに皆様には手土産の焼き菓子をプレゼントさせて頂きます』と言いながら裏に引っ込んでいくその視界の端に、こちらに伸ばした腕を所在無さげにそっと下ろす美少年が映り込む。

 攻略対象の1人、宰相の息子で優しいが腹黒い先輩枠に当たる男だ。そう、さっきのは彼との“入学前フラグ”イベントだったのである。


(よし、これで王族二人以外の初期フラグは軒並みへし折ったわね)


 リリアナがヒロインであるこちらの乙女ゲーム、“花咲く運命の恋”……略して花恋は、メイン舞台となる学園に15歳で入学する前に、全攻略キャラと一回ずつ遭遇イベントがあることが特徴だ。ここでルート確定はしないが、選択肢次第でその後の難易度が格段に下がる位には重要なイベントである。


 だがしかし、リリアナは正直言うと学園に行く気はもちろん、数多のイケメン達と恋に落ちるつもりも更々無かった。なぜなら面倒だから!!


(身分違いの恋や溺愛逆ハーなんてフィクションだから難しい問題抜きで楽しめたけど、現実になると地雷原でタップダンスするようなもんじゃない。ろくに知りもしない白馬の王子様の迎えを待つくらいなら、自分で手に職つけて生きたほうがよっぽど安牌だわ)


 リリアナが己が乙女ゲームのヒロインに転生したと自覚したのは10歳の時。家庭環境や市街の治安などの安定具合からして、わざわざ玉の輿なんざ狙うより地道に生きたほうが絶対良いと判断してから、彼女の行動は早かった。


 一番チョロいと評判のミゲルのフラグを盛大に叩き折り、そこから始まる快進撃。


 全攻略キャラ7名中5名のフラグを、先程ので折り終わった次第である。


(本当は学園に入らないのが一番だけど、流石に無理かな。せめて全キャラスルーしてノーマルエンドで終わらせたいけど……よりによって王子がふたりとも未だに接触ないのが気になるわね)


 シナリオに添うならばメインヒーローとなるのが第二王子であるダズル。そして、所謂隠し攻略対象で二周目から攻略可能だが何かとバッドエンドフラグが多い地雷、第一王子のシュトラールは、もっと幼い頃に初期イベントが起こるはずの相手だ。


 だが、あと一年もせずに入学だと言うのに全く音沙汰がない。楽といえば楽だが、後々不発弾になるのが怖いので出来れば自分でへし折っておきたかったのが本音だ。


(もしかして、最近流行りの悪役令嬢にも他の娘が入っててそっちとキャッキャうふふしてるパターンかしら。そうならまた話が変わってくるけど……)


「おーい!悪いが軽食を食べたら厨房手伝ってくれ!」


「わかったー!……ま、いいわ。考えたってどうにもなんないし」


 それにしても、とリリアナは祖母が用意してくれていた軽食を食べながら思う。


(こんな小洒落た世界観に味噌田楽や梅干しのおにぎりが売ってるなんて、変なの)


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