十杯目 ギャップ萌えどころの騒ぎではない
アンジェリカの食材、栄養、調理法の知識はこちらの世界から見るとかなり画期的なものばかり。転生してからのこの一年、こちらにはなかった調理器具の形状やこれまで廃棄になっていた食材の加工法、長期保存の術etc.etc……好き放題にあれが欲しい、あれを作りたいと走り出すアンジェリカのサポートをしてきたのはシュトラールだった。
アンジェリカの出す現代知識から的確にこちらの時代に合う部分を抽出し、噛み砕いて知識として適正な場に配信する。そんな事を繰り返している間に、経済格差による食料難問題解消や調理現場の負担の大幅軽減を初め、シュトラールはいつの間にやら様々な社会問題の解決に一役買う優秀な王子となっていた。
そしてアンジェリカの料理に惚れ込んだ城のシェフ達からは、良く伝書鳩のような事を頼まれている。
と言う、不在だった一年間のアンジェリカの話をシュトラールから聞き、ミゲルは思い切り項垂れた。
「……なんか、妹が申し訳ない」
「はは、良いよ。私も楽しんでいるからね」
実際、アンジェリカといる時のシュトラールの表情は楽しそうだ。昔、夜会で一度だけ顔を合わせたときのあの人形のような無表情が嘘の様だと思う。
「それで、加工食品の方はもちろん、彼女の案から商品化したおろし金やすり鉢、野菜スライサーや電気石式の加熱機等の正式な流通を望む声がかなり上がってきていてね。この際、後々権利関係で揉めないようにアンジェリカと私の連名と言う形で商会を立ち上げたいと思うんだ」
資金はこれまでに商品化で協力してもらった工場経由に入ってきた分がそれなりの額になっているし、陛下とアンジェリカの両親の許可も取ってある。商会の利益から3割は、国内の食料難の地域等の支援金に当てる予定だ。
「と、言うわけで。今日はその話を改めてアンジュにしようと思ったのだけど……来ないね。また何か新しい料理の開発に夢中になっているのかな?」
「今朝方、『やっと届きました!』と騒いでいたからそうかもしれないな。殿下相手にアンジェリカと来たら、全く……。自分が呼んでこよう」
「まあまあ、学園入りも社交界デビューもまだ3年は先なのだし、アンジュは外ではきちんと礼節をわきまえているよ。日常でくらいは構わないさ」
『私も行くよ』と立ち上がったシュトラールと連れ立って歩いていて、思う。見れば見る程容姿端麗な男だ。元々婚約者のなり手が無かったのは、前王妃の鬼籍入で性格が歪んでしまった事が原因なのであり。今の穏やかで、実績も上げつつある彼ならば、もっとまともな令嬢がいくらでも諸手を上げるのではないかと考えてしまう。
「シュトラールは、本当にアンジェリカで良いのか?」
だからつい、聞いてしまった。別にアンジェリカを卑下するわけじゃない。今では可愛い妹だ。だからこそ、妹の相手になる男の本音が気になったのだ。
突然の問いにシュトラールは一瞬面くらい、それから思い切り笑い出す。
「あはははっ、今更かい?私はこの一年、誰よりも彼女の奇抜な調理に協力してきたんだ。今さら並のことでは驚きはしないよ」
『それに、私がアンジュでないと嫌なんだ』と、扉を開いたシュトラールが固まる。
何事かと厨房を覗き込むと、ご機嫌な妹が藁を焼いた大量の灰を大鍋で湯に溶かしているところで。
「……ラル、本っっっっ当に大丈夫か」
「ぜ、善処するよ……」
天使のような容貌で古の魔女のような行動をするアンジェリカに、男達はただただ戦慄したのだった。
後日、アンジェリカの持参した謎のぷるぷるした灰色の塊が美味しくて、違う意味で二人がアンジェリカに敬服したのはまた別のお話。
「こんにゃくは身体にも良いし、おでんでしょ。玉こんにゃくでしょ、角切りにしてお醤油と鷹の爪で炒めても良いですし、田楽も最高ですよねぇ~」
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