3膳目 突撃!アンジェリカ無双

 ゲームの舞台となるこちらの学園、今でこそ貴族の子息子女や優秀な平民の育成の場として名を馳せているが、創立のきっかけはかつて起きた隣国との大戦の後、若者たちに新たな社会を組み立てていく術を学ばせる場と、職を無くした大人たちに新たな働く場所をと言う考えをひとまとめにした国の施策であった。


 その名残として今でも、学内に務める者には平民出身も多い。特に多いのが裏方である事務作業の面々と、学園食堂にて料理を担当するシェフ達である。

 と言っても、舌の肥えた貴族の若者たちに出す食事。材料は上質な物を仕入れているし、作り手達も名のあるレストランで規定の年数以上の経験を積んだ者しか居ないので、出てくる物は一流と言っても過言ではないのだが……。


「何故、新入生同士の親睦の場がこんな飾り気の無い食堂なんだ!僕達のような高位貴族と平民出の特待生達が同じテーブルと言うだけでも腹立たしいのに、加えて作り手も平民だと?馬鹿にするのも大概にしてもらいたいな!!」


「全くだな。伯爵位以上の家格の若者には就学の義務があるからとわざわざ入学したというのに……。我々と親交を深めたいならば、せめて夜会の形を取って貰いたいものだ」


「で、ですから、新入生歓迎の夜会は来週末に全学年合同で行われる予定ですし、本日の会食とは趣旨が違います。こちらのお料理は味はもちろんですが、これから新たな環境に身を置かれる皆様の御身体を労る為の栄養をふんだんに含んだものばかりでして。一口でもお食べいただければきっと……」


 『おわかりいただける筈です』と続けようとした料理長に向かい、一人前の膳が思い切り叩きつけられる。

 飛び散る料理や床に落下した食器の砕け散る音に、ハラハラしながら様子を伺っていた女子生徒達から悲鳴が上がった。


 そのトレーを投げた張本人である侯爵家の次男と、その両隣に立つ伯爵令息の双子が、スープの熱で赤らんだ頬を冷やしている料理長を指さして笑う。


「はっ!無様だな。身の程を知らずに不相応な地位につくからそういう目に合うんだ!!」


「全くですね。はぁ、お腹もすきましたし帰りましょう。私達にふさわしい食事がこちらで出てくるとは到底思えませんし」


「そうだな、行こう」


「お、お待ちを……!」


 そこでバンッと音を立てて開かれた扉に、全員の視線が集まった。


「これは一体何の騒ぎだ!」


「シュトラール殿下だ……!」


「良かった、これで彼らも少しは落ち着くだろう」


 靴を鳴らして入ってきたシュトラールは、料理長の様子や食堂の惨状と、生徒たちが向けてくる安堵の眼差しで概ね状況を理解した。


「君達、これは一体どういう事か自分の口から説明してもらえるかな」


「いや、これは……っ!」


 出入り口を塞ぐように立つシュトラールに見据えられて口ごもる三人の横をすり抜け、アンジェリカが床にぶちまけられた料理を見て唇を引き結ぶ。


「大丈夫ですか?火傷は早めに冷やしたほうが良いです。ここは私達に任せて、裏で手当をしてください」


「申し訳ありません、ありがとうございます……!」


 うずくまっていた料理長をアンジェリカがそう促している間にもシュトラールは主犯三人に尋問を続けていたが、彼等の言い分は聞くに耐えないものだった。


 やれ、自分達は由緒ある貴族の人間なのだからそもそも平民と向かい合って食事なんてあり得ないだとか。高貴な者の食事は高貴な身分のシェフが作るのが正しいとか。平民出身の者を庇うのならシュトラールは王族としても失格だと言うような暴言が出た辺りで、様子見をしていた第一王子派の生徒が幾人か腰を浮かしかけたが、シュトラール本人がそれを手振りで抑える。


「言い分は把握したが、理解は出来ない。この歴史ある学び舎に身を置くと決めた時点で、生徒である我々は学園の規則に沿った行動を心がけるべきだ。それが何故わからないんだい?手間をかけて用意してくれた料理をあのような状態にされた彼等が、何も感じないとでも?せめて謝罪くらいしたらどうなんだ」


 シュトラールの示した先には、冷したタオルで顔を覆っている料理長と、彼を悲しげな表情で囲む料理人達。しかしそれを、侯爵家次男は一蹴した。


「貴族が平民に頭を下げるなんてあり得ない!そうやって貴方が甘い顔をするから、昨今は分を弁えず我が物顔で振る舞う平民が増える一方なんだ!我々は、彼等がこれ以上大きな過ちを犯す前に教えてやったんですよ!」


 そう叫ぶ次男の背後で、片付けを終えたアンジェリカがゆらりと立ち上がるのが見えたシュトラールの顔が、あからさまに青ざめる。


「少なくとも、用意された食事に一切手をつけずにつくり手にぶち撒けるのが正しい行いなわけ無いだろう!悪い事は言わないから今すぐ謝罪するんだ!!」


「言い分は最もだが、殿下は突然何を慌てておいでなんだ……?」


「さぁ……。あの方達は王太子であるダズル様の支援に当たられているお家の出よね。それに今気づかれたとか?そんな気弱な方には見えませんけれど」


 生徒たちがヒソヒソと自分に対して何か言っているが、犯人達の真後ろに立つ般若が見えている彼からしたらそんな場合ではない。


 しかし次男達は周囲の目を気にするというスキルが欠落しているために、背後からの殺気になど気づかないのだった。


「ふん!我々に料理を食べてもらいたいなら、一流の食材と料理人、そして給仕係を用意するんだな……「お前を料理にしてやろうか」は!?」


「貴女は……アンジェリカ嬢?いきなり何をーっ!!!」


 ぬっと次男の肩に手を置いたかと思えば、その後頭部に回し蹴りをかまし。続いて片手ずつで鷲掴みにした双子の顔を、思い切りテーブル(もちろん料理は乗っていない所)に叩きつける。

 そう、皆様薄々お気づきだろうが、アンジェリカは怪力であった。


 そんな惨状を無言で見届けたシュトラールが『間に合わなかったか……』と空を仰ぐ。こうなったらもう誰にも、止められない。


「あ、あの、アンジェリカ様?我々に何を……」


「怖がらんでもよ……「アンジュ、口調!」んんっ、怖がらなくて結構。料理という行為が如何に手間であり神聖なことか微塵も理解していない貴方達に、私から特別指導を行います」


「何が特別指導だ、ふざけるな!」


「一体僕たちに何をさせるおつもりなのですか……!?」


「百聞は一見にしかず。文句を言うならてめえで作れ。お前がシェフになるんだよ!!!」


『突撃!お前が昼ごはん!!!』


 そう言い残したアンジェリカは、簀巻きにした三人を引きずり颯爽と学園を後にしたのであった。

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