六杯目 お兄さまは反抗期
「旦那様、そろそろご到着の時刻になります」
「あぁ、そうだな。おいでアンジュ、玄関ホールまで兄上を迎えに行こう」
「はい、お父さま」
「では、私はそろそろお暇しよう。久方ぶりの家族団らんを邪魔しては悪いからね」
この一年で一人称を始め、改めて王子として言葉遣いを見直したシュトラールがそう言って立ち上がった時、屋敷から中庭に繋がる扉が勢いよく開かれた。
「いいえ、お気遣いは結構!自分はここにおりますから」
「ミゲル坊ちゃま!」
アンジェリカと同じ白銀の髪に父と同じ紫の瞳をした美少年、ミゲル。悪役令嬢アンジェリカのふたつ違いの兄であり、ゲームの攻略対象でもある。
勉学に長け厳格な性格の彼は、ワガママ放題だった妹と非常に仲が悪く。二人のあまりの反りの合わなさを見かねた両親の提案で、昨年から離れて暮らす事になっていた。
はじめはアンジェリカを親戚の屋敷に一時的に預ける話だったのだが……アンジェリカ(転生前)が田舎に行くことを全力で拒んだのと、ミゲル自身が家族から離れ勉学に集中したいと申し出た事から、彼は昨年の春から親戚の屋敷がある南港町“クインテット”で暮らしている。
その街は実はゲームのヒロインの故郷であり、シナリオ通りならミゲルは舞台となる学園入学の15歳まで王都には戻らない筈だったのだが。今のアンジェリカとなら和解するのではと期待した両親が、一度屋敷に呼び戻した次第であった。
「只今戻りました、父上、母上も。お変わりない様で何よりです。シュトラール殿下、この度はご婚約おめでとうございます。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
如何にも秀才そうなキビキビとした動きで挨拶を済ませるミゲルだが、頑なにアンジェリカの方を見ようとしない。その態度を見かねた父がアンジェリカの肩を叩き、兄の前に促した。
「お前も息災なようで何よりだ、ミゲル。さぁアンジュ、久方ぶりの兄との再会だ。積もる話もあるだろう」
「えぇと、そうで『お止め下さい父上、自分はアンジェリカを自分の血縁と認めたことは一度たりとてありませんので!』…………あらぁ」
きっとメガネ越しに射抜かんばかりの眼差しで妹を睨みつけるミゲルに父はため息をつき、母は狼狽え、事情を知らなかったシュトラールが困りつつもミゲルをなだめ始めるが、当のアンジェリカの感想はと言えば……。
(これはまた、反抗期真っ盛りのお兄さんが来ましたねぇ)
程度のもので、そもそもミゲルが嫌悪していた頃の“アンジェリカ”の振る舞いに関しては自分にはどうにもならないので、一欠片も心的ダメージは無いのであった。
「あの、皆さん別に私は気にしてないので。それよりミゲルお兄さまにご飯を……」
「あー……、ミゲル。部外者である私が口を出すのも筋違いかとは思うが、失礼を承知で言わせてもらうよ。今のアンジェリカは君が屋敷を離れる前とは見違えるほどに成長した。少なくとも君が最も嫌悪していた横柄な振る舞いは一切していないよ」
「その辺りは多分自分の目で見ないと信じられないでしょうしあとにして、お茶淹れたので……」
「そうよミゲル。今日だって、アンジェリカはあなたにも料理を食べて欲しいと朝早くから下ごしらえをしていたのよ。話くらい聞いてあげて頂戴?」
「あの、緑茶……」
「母上はそうやっていつもアンジェリカばかり甘やかして!そうやって気持ちや頑張りを蔑ろにされてきた自分の気持ちがわかりますか!?殿下だって、王宮に居場所がない孤独をちょっと見目が良い婚約者に癒やされたからと籠絡されて、恥ずかしいとは思わないのですか!!」
「止さないかミゲル!非礼どころの騒ぎではない失言だぞ!!」
(…………誰も聞いてくれない)
身内だけならともかく、第一王子への暴言は流石にいただけない。青ざめた父に叱りつけられたミゲルだったが、引っ込みがつかないらしく口が止まらない。
「何ですか父上まで!計算も出来ない。諸外国の言語は疎か母国語の解読も怪しい、領地の仕事など到底出来ようのないしかも女であるアンジェリカより!自分の方がずっと跡取りとして価値が……っゲホッ!〜〜っ!!」
「「ミゲル!」」
叫びすぎた勢いで咳き込んだまま、止まらなくなり呼吸がままならなくなるミゲル。実は彼は喘息持ちだったのだ。
咄嗟にシュトラールがよろけたミゲルを支え、両親が駆け寄り背中を擦る。
「誰か!ミゲルの薬を持ってきて頂戴!」
「そっ、それが……!ここ一年は発作がほとんど無かったそうで、今のミゲル様はお薬を常備しておられないのです奥様……!」
「そんな……!」
狼狽え青ざめる使用人達、苦しむ息子の背を擦るしか出来ない両親の間を潜り抜け、にゅっとミゲルの前に移動してきたアンジェリカが兄のシャツのボタンを上から4つほど外し始めた。
「ーっ!アンジュ、君は何を……!」
「喉元がしまったままだと呼吸が余計乱れるよ。まずは衣服を緩めて、前のめりは良くないから長椅子に座らせた方がいいかも」
「あ、あぁ、わかった。ミゲル、少し持ち上げるよ」
シュトラールがミゲルを長椅子にもたれさせると、アンジェリカが先程淹れた(そして完全に無視され冷めた)緑茶を少しずつ兄に飲ませていく。
「体制を整えたらぬるくなったお茶を少しずつ飲ませて。とりあえず咳をおさめるのが最優先だから。お兄さま、大丈夫ですよ。焦らないで、口を開けて……そう。いい子ですね」
アンジェリカの初動により幸いこの発作は悪化せずに収まり、ミゲルはそのまま自室にて休まされることになったのだった。
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※今回ちょっとシリアスでしたが、この小説は基本、全てがご飯で解決します
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