三杯目 悪役令嬢は温かいご飯が食べたい
三角に整えられた米、何やら透き通った汁に浮かぶ花形の人参ときのこ。オムレツではない、何やら層状に巻かれた卵と、つぶつぶした何かにまみれた青菜。眼前に並べられた異質な料理に、第一王子は後ずさった。
「なっ、何だこれは!僕は食べないぞこんな不気味なもの!」
「何って、朝ごはんですよー」
狼狽えている周囲を他所に、アンジェリカはすまし汁をひとくちすする。ほわっと香る出汁で、心も身体も温まる。やはり朝は和食だ。
続いておにぎりをひとくち。何故だが厨房に海苔があってよかった。中身は急ごしらえのおかか醤油(仮)だが、個人的にはタラコや鮭もほしいところである。
祖母直伝のだし巻きは、料亭にも負けない(自称)一番の得意料理だ。うん、実に程よい焼き加減である。
あまりにも自分をガン無視で朝食を楽しむアンジェリカに、第一王子は彼女の前まで来て指を突きつけた。
「お前……この僕との顔合わせの場でどこまでふてぶてしいんだ!食べるのを止めろ!!」
「えぇ〜、でも冷めちゃいますし……。一緒に食べましょう?えっと……」
彼の名前は何だったか。凛がいつも地雷王子と呼んでいたのですぐに名前が出てこない。
業を煮やして王子が怒鳴る。
「シュトラールだ!」
あぁそうだそうだ、そんな名前だった。
すっきりした顔のアンジェリカと逆に、シュトラールはまだまだお冠だ。
「さっきから何だその態度は……!お前もお前の両親も、結局は僕を哀れんでるんだろう!!弟に比べ見劣りばかりで、血統以外に誇れるものなど無い馬鹿だとな!」
あまりにも手応えがないからだろうか。感情が高ぶりすぎたのか、シュトラールのエメラルドの瞳から大粒の雫が溢れだした。
これには周囲も慌てふためき、アンジェリカも流石に箸を置く。
そして立ち上がり、シュトラールを正面からぎゅうっと抱きしめた。
「そんな酷いこと言う人が居るんですか、それは悲しくて当然ですね」
「ば、馬鹿にするな!僕は第一王子だぞ、そんな程度、受け流せなければ……!」
「なんで地位が高いからって酷いこと言われて傷ついちゃ駄目なんですか。痛いときに痛いって泣かなきゃ、治る傷も治りませんよー」
よしよし、と、撫でてくる手があまりに優しくて、はじめは抵抗していたシュトラールも段々、大人しくなる。
「大丈夫、大丈夫。まずはいっぱい泣いて、お腹が空いたら美味しいご飯を食べましょう。そうしたら、大抵のことはなんとかなりますから。ずっと悲しいのを我慢してて、偉かったですねぇ」
しばらくしてしゃくりあげるように泣き始めたシュトラールの頬を優しく拭って、アンジェリカは彼の両手を握った。
「落ち着いたかな?」
「……ひどいことを言って、悪かった」
「いいんですよ、謝れてえらいです」
「…………敬語じゃなくていい」
「そうですか?じゃあ遠慮なく。一部から見て誰かのことを否定するなんて、勿体ないよねぇ。あなたにはあなたの良いところがいーっぱい、あるのに。私はまだ一つも知らないけど」
しれっとして言ってのけたアンジェリカに『知らんのかい!』と周囲の心の声がひとつになったが、自分と年端変わらぬ少女の言葉は思いの外シュトラールに響いたようだ。顔をしっかり拭いてから、先程部屋に来たものの様子見に徹していたクランペット公爵夫妻に頭を下げる。
「あなた方の娘に心無い言葉を浴びせてしまい、申し訳ありませんでした」
「……殿下の難しいお立場は、我々もよく理解しております。しかし、その事に甘んじていては取り返しの付かない事態を招きかねぬ事、よくご理解ください」
神妙な面持ちの公爵の言葉に頷き、シュトラールがもう一度謝罪を述べる。クランペット夫妻はそれを受け入れ、シュトラール第一王子とアンジェリカ公爵令嬢の婚約は、この席にて正式に結ばれる運びとなった。
よし、これでゆっくりご飯が食べられると、再び汁に口をつけたアンジェリカがガッカリと呟く。
「冷めちゃった……」
と、その椀に手を添えたシュトラールが何か唱えると、冷め切っていた料理が再び湯気を立て始める。
「おぉー……っ!ありがとうございます」
「いや……これくらい、弟達に比べたら大した魔法じゃない。戦闘にも使えないし……」
「戦いなんかより、私には常に温かいご飯が食べられる魔法の方がよっぽど魅力的だなぁ」
もぐもぐと頬張りながらのその言葉に周囲はずっこけ、シュトラールは笑った。
本当に久しぶりに、自然と声を上げて、笑った。
「……で、このつぶつぶは何だ?」
「すりおろした胡麻ですね」
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