二杯目 異世界初日の朝ごはん。地雷王子を添えて《後編》

 公爵令嬢アンジェリカの父は、大変厳格な男である。


 幼い頃から何事にも頭ひとつ秀でており、自分ひとりで大概のことが出来てしまうため他人との付き合いをあまり学ばずに来てしまった人だ。

 そのせいで一目惚れした母へのアプローチを間違え、権力で無理矢理手に入れてしまったと父は母に距離を取り、母もまた父は自分の実家の後ろ盾目当てで己を愛していないと勘違いしていた。

 子宝にはふたつ恵まれたが、アンジェリカが10歳になる今も二人の間はよそよそしい……筈、だったのだが。


「アンジュが卵を取りにそちらに向かいました!捕まえてください旦那様!」


「わかっている!いきなり料理なぞ始めたと思ったら『お庭に鶏さんが居ます!』と卵を取りに行くだなんて、アンジュは急にどうしたというのだ!!」


 王子と顔合わせのその日に、鶏につつかれでもして怪我をしては一大事。侍女達から娘があまりにもおかしすぎると言われ様子を見に来た両親はかれこれもう30分、変貌した我が子に振り回され続けている。


「よし、つかまえた!」


「ん?どなたですか??」


「なっ……!」


 卵を三つゲットしほくほくしていたアンジェリカは、鶏に脳天をつつかれる直前で父の手により抱き上げられた。当の父はその掲げられた状態のまま娘が告げた一言で、ビシッと石化してしまったが。


「アンジュ!お父様に向かってなんて口を聞くのです!!」


 めっ!と怒る自分とよく似た女性の言葉で、この二人がアンジェリカの両親だと理解する。アンジェリカは抱えられたまま、石化した父の頭を撫でた。


「ごめんなさい。冗談です、お父さま」


「い、いや……ろくにお前達との時間を作ってこなかった私が悪いな。アンジュの顔が傷つかなくて良かった、お前は母によく似て美しいからな」


「えっ……?」


「ーっ!?」


 赤くなった妻に、失言に気づいた公爵の顔も赤くなる。

 漂い出した甘い空気には微塵も興味を示さずに、アンジェリカは産みたて卵を持って厨房に戻っていく。


 この日、長年冷め切っていた公爵夫妻の愛が花開いた。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 この世界は中世ヨーロッパ風なので、ご飯は大概洋食だ。当たり前である。

 が、アンジェリカ陽菜はこれまで田舎のおばあちゃんと二人暮らしをしてきた身。得意なのは当然、和食だ。


「お味噌は流石になかったですが、お塩とお醤油に似た調味料があって良かった良かった。これで卵焼きとすまし汁は出来るね~」


 これまで包丁など握ったことがないはずのワガママお嬢様が、慣れた手付きで次々に料理していく姿に厨房の使用人達が徐々に集まってくる。

 カツオに良く似た”バニートゥ“の干し身の削りカスで出汁を取ったアンジェリカに拍手が起きた時、騒ぎを聞きつけた侍女長が厨房に飛び込んできてしまった。


「お嬢様!見つけましたよ!!もう殿下がいらっしゃるまで時間がないのですから、道楽で料理などしていないで早くお召し物を……んぐっ!」


「どうですか?」


 口に放り入れられただし巻きを咀嚼して、侍女長が『美味しい』とつぶやく。


「……お嬢様に料理の才があることはよくわかりました。ですが!そのお召し物のまま殿下の前にお出しする訳には参りません!さぁ行きますよ!」


「あぁ〜っ!せめてあと一品、浅漬けだけでも……!」


「駄・目・で・す!」


 結局、出来上がっている朝食を後で談話室に持ってきてほしいと厨房の面々に訴えながら、アンジェリカは衣装部屋へと引きずられていった。










 そして、現在。

 クランペット公爵家の談話室にて、アンジェリカは自分の婚約者となる第一王子と対面を果たしたのだが。室内に入るなり正面の席にどっかり座った少年は、ふてぶてしくこう言い放った。


「ふん、このちんちくりんが僕の婚約者とは。無能な第一王子にはこの程度が相応しいと言う事か」


 ざわっと、室内が騒めく。

 第一王子が母を亡くしてからは宮中で不遇であり、そのせいで荒んでしまっていることは有名な話だ。それでも彼の母、前王妃と親友であったアンジェリカの母が彼を不憫に思い今回の縁談を受けたというのに、あまりに不遜な態度である。

 王子に付き添いやってきた宮廷の使者たちは、何とか今の失言を詫びさせようと王子の説得を始めた。


 片や、クランペット公爵家の使用人達もまた、青ざめていた。

 今日は様子がおかしいが、普段のアンジェリカはそれはそれは気位が高く、自身を軽んじられると一瞬で激昂するのだ。相手が目上であろうがそれは関係ない。

 このままアンジェリカまで怒り、王子にクッションのひとつでも投げつけようものなら大惨事である。


「王子様は、ずいぶんとご機嫌ナナメですねぇ……」


「ふん、なんだ。何か文句が」


「きっとお腹が空いてるんですね、一緒に朝ごはんにしましょう!」


「……は?」


 アンジェリカがぽむと手を合わせると、待ってましたとばかりになだれ込んできた厨房の面々がテーブルに先程アンジェリカが作った料理をずらりと並べた。

 

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