第25話・みっしょん は くりあ した?
「なにするの?」
「死んでまで言いたいことがあるんなら、聞いてあげなきゃ可哀想だろ。大事な人がゾンビやスケルトンになって戻ってきたらそりゃ逃げるけど、書置きはできる」
「かき、おき?」
「言いたいことを書いて、家族に渡せれば、坊主のお友達も納得するだろ?」
ぐちゅん、がちゅんとアンデッドは動いた。
「お前のお友達は喋れない。声帯……声を出す器官がなくなっちまってるから。だから、坊主にその言葉が分かるなら教えてくれ。オレが責任もって渡すから」
そうしたら。
あれよあれよという間にアンデッドがオレを取り囲んだ。
「分かった! 分かったから! 一人ずつな!」
この数の伝言を今夜中かあ。厳しいなあ。
「闇魔法の使い手だったら死霊の声が聞こえるんじゃ?」
おっさんの言葉に那由多くんはぶんぶんぶんぶんとコマのように首を横に振った。残像でまるで首が一回転しているようだ。
「聞き、き、聞きたくない」
「あ~いいよいいよ、期待してないから」
オレはひらひらと手を振った。
「えっと……この人は、アレサさんのおとうさんのケリーさん。けっこんをゆるさなくてすまなかった、しあわせになってくれって」
「はいはいっと……」
「ええと、つぎは、エテンのおかあさんね。ちゃんとつくろいものをおぼえなさいって」
そんなささやかな伝言を、オレはひたすら書き続けた。
「それと、コリンのおかあさんのセレナさんね。おとうさんとコリンをずっとずっとあいしてるって。おとうさんは、しっかりコリンをまもってあげてって」
「ずっとずっと愛してる……よし」
徹夜で一晩中書き物をしていたんだから結構きつい。
「夜明けが近いな……これで全員だな?」
「うん」
「じゃあ、全員の魂を還してやってくれ」
「……うん」
そして、青白い光がそれぞれの墓穴から放たれて、ゆっくりと曙の空に向かって昇って行った。
「いいなあ」
ぽつりと呟く。
「かえるばしょがあって、いいなあ」
「聖水、あるぞ」
「セイスイ?」
「アンデッドを昇天させる水だ。これを使えば多分昇天できる」
「だれも、まってないよ。だって、だれも、ぼくのこと、しらないもん」
死霊は俯いて、地面を蹴った。
「じゃあ、まだ旅を続けるか? それとも、オレたちと来るか?」
え? とオレを見たのは死霊だけじゃない。
おっさんと、那由多くんと、ハルナさんもオレを見ていた。
「ししししし正気か? ゆゆゆ幽霊をつつつ連れていくなんて」
「じゃあ、今もこいつのことが怖いか? 幽霊だけど、ちゃんと意思疎通できるし、別に悪意も持ってない。見た目普通の子供だ」
「怖くはないけど、一応死霊よ」
ハルナさんはド正論を言ってきた。
「太陽の光は彼を苦しめるし、他の人は怯えるわ」
「旅するにしてもついてくるにしても、要は、依り代があればいいんだろ」
オレはポーチからあるものを引っ張り出した。
「……呆れた」
ハルナさんが心底呆れた声で言う。
「そんなものまで持ってきてたの」
「何と……」
村長が呆然と呟いた。
「死者は、我々を脅かすために起き上がったのではないのですか」
「はい。遺された家族に、どうしても伝えたいことがあって、家のドアを叩いていたのです」
土田のおっさんは目を伏せて言う。
「我が家のドアを叩いていたのは、母だったのですね」
勇者の特別能力として、転移した世界の言語を理解できるというものがある。その世界にいる間は、その世界の言葉で話せるし読み書きも無意識でできる。日本語でも喋れるので、言ってまずい話は日本語でできるというものだ。世界が救いを求めるのだから、世界が手助けをするのは当然で、これは基本的なチート技だという。
そのオレが書いたメモの一枚を持って、村長は震えていた。
「母は……私が心配だっただけなのですね……」
『ガーディスへ。村の人たちの為に尽くしてくださいね。母、コノフ』
メモを握って、村長は震えていた。
「このメモを、皆さんに配ってくれませんか。死者の魂は天に還りました。二度と起き上がってくることはありません」
「はい、喜んで」
村長は服の裾で涙をぬぐいながら、頷いた。
「皆、これで安心して、眠れることでしょう……」
それから、不思議そうに聞いてきた。
「そのフクロウは……いつから?」
「ああ、なんか、懐かれて」
オレの頭の上にいるフクロウが、ほう、と一声鳴いた。
「フクロウは死者の導き手と言います。きっと、皆さんのご家族を導いてくれることでしょう」
おっさんの言葉に、村長は笑顔で頷いて立ち上がった。
村中にメモは配られ、オレたちは大感謝を受けた。
死者は呪うために目覚めたのではなく心配でドアを叩いていたのだと知った村人は、メモを握って頭を下げた。
死者全員が恨みを持って死んだんじゃなくてよかった。でなきゃ話が厄介になるとこだった。
ふと、博が言っていたことを思い出した。
助けた人の笑顔が嬉しかったんだって。どんな報酬よりどんなほめ言葉より、それが嬉しかったんだって。
……そうだな。一晩中メモ書きを続けた疲れも吹っ飛ぶくらいには、嬉しいな。
村人が集めた金貨の袋は、価値は分からないけど、村人がこのことに感謝して一生懸命集めたお金だと思うので一度は断ろうと思ったが、押し付けられたのだ。
そして、村人が完全に見えなくなって。
「で、どうする?」
オレは肩にとまっているフクロウに聞いた。
「あかるいせかいはあったかいんだね」
感心したように言ったフクロウは、あの幼い
オレが持ってきていたのは、適当な動物を使い魔にするという魔法陣とその使い方だった。
やっぱ、なんかペットがいるっていいじゃんって思って。なんかかわいい生き物いたらなーとか。オレこう見えてモフモフが好きなんですよ、モフモフ。
そこで呼び出したフクロウを、死霊の仮の肉体としたのだ。
「こんなにあかるくて、からだがあったかいのなんて、はじめてだ」
「おう。で、改めて聞くけど、どうする? フクロウは夜行性だけど、使い魔にはあんまり関係ない。オレと契約は結ばれているけど、お前は自由だ。その羽根で、好きな所へはばたける」
「……うん」
フクロウはしばらく考えて、でも、と首を振った。
「ぼくはおにいちゃんのつかいまだから、おにいちゃんといっしょにいないと」
「気にするこたないぞ」
「本気で連れていくのか?」
フクロウという見た目が大人しいものになって、恐怖は薄れたけど文句がある那由多くんが口を挟む。
「死霊だぞ?」
「闇の存在って点では
「呪われるぞ」
「オレ一人呪われてる分には関係ないだろ」
「先生が何て言うか」
「拝み倒す」
「君は、本当にそれで、いいのかい?」
「うん」
おっさんの問いかけに、死霊は幼い子供の声で言った。
「こんどはあったかいせかいを、あちこちまわりたい!」
あ、でも、と、声が落ち込む。
「『せんせい』っていうひとがダメっていったら、ダメなんだよね」
「私からも頼むよ」
「土田さん」
嫌そうに那由多くんが咎めるけど、おっさんは笑った。
「あの先生も、血も涙もある人間だ。きっとわかってくれる」
「そうね。わたしも頼んでみる」
ハルナさんも言ってくれた。
「
で? と、全員の視線が那由多に向く。
「……ダメ?」
「あーっくそっ」
突然那由多くんが地面を蹴った。
「フクロウは闇の眷属だろう?! 死霊を操るフクロウだろう?! 何で闇の貴公子の眷属じゃないんだ!」
「……そっちかい」
要するに闇っぽい使い魔をオレがゲットしたのが気に食わないらしかった。
「ここで駄々をこねるなら」
ハルナさんは冷静に、冷酷に言った。
「置いてく」
「わかったわかったからおいていかないでくださ僕召喚杖の他は何も持ってきてないんです」
「最初からそう言えばいいの」
時間はまだ四分の一ほど残っている。
オレたちは洞窟へ向かった。
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