第24話・ねくろまんさー が あらわれた!
オレたちは日が暮れる前に村長の家を出た。
那由多くんは怯えて家から出ないと柱にしがみついていたが、無理やり引っ張ってきた。「自分から行くのと、出られない家の中でノックが続くのとどっちがいい?」と聞いた結果だ。
「……出る、かね?」
おっさんは低い声で聞いてきた。今の季節は感覚的には春っぽいんだが、何だ教会に近付くにつれて空気が冷たくなってくる。
「出るだろうねー」
オレはのんびりと答えた。
「墓の近くに誰かさんがいるのは確定だから」
「ぼぼぼ、僕じゃないぞ!」
「分かってるって。那由多くんがゾンビの群れに囲まれたら気絶してるだろーし、そもそも一か月前に那由多くんはこの村に来ていない二十代だろ?」
「神那岐さん」
そこで初めてハルナさんが口を開いた。
「本気で、あの気配の主と会話する気?」
「本気」
「かかかか会話てええええ!」
逃げ出そうとする那由多くんの首根っこを掴んで、ハルナさんは話を続ける。
「会話が可能な相手?」
「相手だと思うよ」
「なななんでえええ!」
「そんなことが分かるか、ってか?」
オレは当たり前のことを答えた。
「あの、気配、だな」
「確かに……
「墓を暴いたのかい?」
「暴く前に止められたんだけどね。誰かさんに」
「その、威嚇の気配でかい?」
「ああ。で、そこまで威嚇してるなら姿を現せばいいのに出てこない。ってことは、出たくても出られない、そう言うことだと思った」
「夜なら大丈夫か、というのは、その確認だったの」
「そ。夜なら、誰かさんは出てこれる。話せる。そう言う意味」
「そいつが襲って来たらどうするんだよう……」
「那由多くん、鼻水まで流すな」
「だって、こっちにはゾンビを止める方法はないんだぞ! アンデッド相手だなんて知ってたら、聖水を持ってきたのに! 先生が最初から言ってくれてたら……!」
「それじゃ抜き打ちにならないだろ。それにあるから。聖水」
きょとん、と三人の視線がオレに集まった。
オレはポーチから、クリスタルの瓶に入った、清められた水、聖水を十個ほど取り出した。
「よく用意してたわね」
「色々な事態を想定して……と言いたいとこだけど、ポーチに入れっぱなしだったのと、今来るときもう少し用意しとこうと思ったので」
「それにしても十個も用意するかね、普通」
「せせせ、聖水聖水!」
瓶をひったくろうとした那由多くんの手から逃れ、「たかいたかーい」をするように手を挙げる。背の低い那由多くんには届かない。
「全身にぶっかけてそのまま逃げようと思ったろ、今」
「そそそそそそそそれがわるいかかかかか」
「ああ、悪いね。平均点最下位の人間からアイテム奪い取って自分だけ助かろうって魂胆は」
那由多くんの顔色がなくなった。
その時。
ぼこ。ぼここっ。
奇妙な音がした。
地面の下から地面を叩いているような……?
「闇の貴公子なんだから、大人しくしてろ?」
「ひいいいいいい!」
墓から、幾十もの死体が起き上がってきた。
新しいもの、腐っているもの、骨だけのもの。
おお、壮観。
オンラインゲームでしょっちゅうゾンビを撃っていたけど、目の前にリアル出されるとやっぱ……ちと気持ち悪いなあ。
「話せるヤツ、いるか?」
オレの声に、死体たちは……。
ゆっくりと、ゆっくりと、歩いてきた。
「いや、話を聞いてもらいたいヤツ、じゃない。昼間オレを止めたヤツだ」
青白い光が、死体たちの間を縫って、飛んでくる。
人魂のようなそれは、オレたちの目の前に来て、形を取った。
言われた通り、十歳くらいの子供。
「おにいちゃん、おはなしきいてくれるの?」
「……ん-……まあ、君から話聞かないとどうにもならなさそうだし」
「死霊の……
おっさんが呟いた。
「魔法大全で読んだ覚えがある。心残りで死んだ人間の、一部才能のある者が、死霊になりながら
「つまり、君は、死んでるんだな?」
「うん、そう」
「ぼくがこうなっちゃったのは、もうずいぶんまえだからおぼえてない。きがついたら、こうなってた」
「ここに来るまで、何をしてた?」
「まいばん、あそんでた」
少年は自分の背後にいるアンデッドたちに、笑いかけた。
「ぼくがおねがいすると、このひとたちがぼくといっしょにあそんでくれる。でもおひさまがあたるとこの人たちはくるしんできえちゃうし、ぼくもくるしいから、よるだけ」
「で、この村に一か月前に遊びに来たってわけか」
こくんと頷く
「でも、ここにくるとちゅうで、おとなのひとがいえにいれてくれた。すっごく、あったかくて、ともだちができて、たのしかった。だからぼく、きいたんだ。いちばんのおねがいを、きいてあげたくて」
「その子はなんて願った?」
「しんじゃった、おかあさんと、おはなししたいって」
……やっぱりか。
「おかあさんをよんであげたら、ほかの人たちも話したいことがあるっていってきたから、みんなでいこうって。だけど、だれもおはなしをきいてくれないんだ。あのこ、ぼくとのやくそく、わすれちゃったのかなあ……」
何て言ったらいいか分からない。
半分白目剝いてる那由多くんは放っておいて、オレとおっさんとハルナさんは顔を見合わせた。
おっさんが膝をつく。
「あのね、坊や」
「なあに?」
「坊やは確かにすごい才能の持ち主だと思う。坊やの能力は、死体を動かすんじゃなくて、魂を死体に呼び戻して動かしている。闇魔法でも最上級の魔法だ。それを意図せずこれだけの数呼び出せるって言うのは、うん、普通の魔法使いが十回生まれ変わっても成し遂げられないことだと思う。でも」
おっさんは一瞬視線を落としていった。
「死んだ人は、帰ってこない方がいいんだ」
「どうして? あそんでくれるのに?」
「君以外の子は、みんなと、あそんでくれたかい?」
死霊は首を横に振る。
「何故だと思う?」
「……わかんない」
「それは、不自然だからだ」
おっさんは、十の子供に、真正直に説明していた。
「死んだら、終わり。もう始まらない。少なくとも、肉体はそうだ。ここにいるみんなと、君が出会った『生きてる』友達と、何か違わないかい?」
「ちがう。……あったかくない」
「暖かくないものが動くのは、不自然で、とても苦しいことなんだ。君は友達に喜んでもらおうと思ってやったんだろうけど、あったかくない人は、本当は、もう、いない人なんだ」
「でも、みんな、きたいって」
「だけど、みんな、目的を果たせてない。そうだろう?」
しゅん、と死霊は落ち込んだ。
「……分かった」
オレは髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、言った。
「おい、坊主。字は書けるか?」
「字? ううん、分かんない」
「じゃあ通訳してくれ」
オレはポーチからメモ帳とペンを取り出した。
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