第23話・むらびと は こまっている!

「ししししし」

 しししし繰り返す那由多くんを、オレとハルナさんでもう一度黙らせる。

「で、ドアを開けた人はいないのですね?」

「ええ。ドアを叩く音が違いますから。異様にねちゃついていたり、固く乾いてたり」

 ゾンビにスケルトンならそんな音を出すな。確かに。

「そして翌朝見ると、ドアを叩いた名残が残っていて、教会を往復しているたくさんの足跡が残っている。みんな必死で足跡を消してドアを拭いて、教会に祈り、墓参りをしたりしたんですが、それでも次の夜には現れる。一晩中ドアをノックして、夜明け前に戻っていく。その繰り返しでして」

「お困りでしょうねえ」

「旅の方、我らを救う手立てがあるならば、お願いします、どうか、どうか!」

「落ち着いてください。私たちとしても話し合わなければどうしようもありません」

 村長はがっくりと俯いた。

「お願いします、この村の民はもう一ヶ月、ろくに寝ておりません。お礼は致しますから、必ず……!」

 村長はそう言って、ふらふらと出て行った。


「寝ていないのは確かだろうね」

 おっさんは気の毒そうな顔で言った。

 そりゃそうだ、夜は一晩中ドアを叩かれ、昼はその痕跡を消すのに必死。寝れる根性のあるやつがいたらお目にかかりたい。

「でででも、しししししたいなんて」

 那由多くんは既に顔色がない。

「ゲームにもゾンビやスケルトンがいっぱい出てるだろ」

「闇魔法に死体覚醒コール・アンデッドがあるだろう。動く死体と言えば闇魔法の専門じゃないかね?」

「そ、そんな汚らわしい魔法は僕は使わない!」

死霊使役ネクロマンシーは闇魔法の真骨頂じゃないか。君に何か考えはないのかい?」

 おっさんの問いかけにぶんぶんと那由多くんは首を横に振る。

「ぼぼぼぼぼくはあああああんなこここここ怖いモンスターなんてててててて」

「何か考えているようだけど」

 ハルナさんがオレの顔を見た。

「どうしたの?」

「んー、結構ゲームの題材で多かったりするんだ、ゾンビとかが村を襲撃するって」

「っここここれはげげげんじつつつでででげげげーむでではななないいいい」

「分かってるよ。ただなあ……」

 おっさんもオレの顔を見た。

「何だい?」

「大抵はアンデッドってのは死霊使役者ネクロマンサーに操られて村や町を襲うんだよ。理性どころか知性もないから、操られるまんまで」

「それが?」

「死体が元住んでいた家のドアをノックするってったよな」

「ああ」

「知性も理性もないアンデッドが、自分の家なんて分かるか?」

「帰巣本能とかがあるんじゃ」

「毎晩出てきては帰ってるんだから墓場の方が家だろ」

「……確かに」

「なんっか裏にありそーなんだよなー。一か月前、何かがあったのは確かだろう、それを確認したい」

「とりあえず教会を調べる、または一ヶ月まえ変わったことがないか聞き込みする、の二組に分かれた方がいいのかね」

「ききき聞き込み絶対聞き込み」

「うん、君には聞いてないから」

「聞き込みは土田さんと流さんに任せます」

 ハルナさんが言った。

「わたしと神那岐さんで教会を調べてきます」

「私は一か月前に異変がなかったか聞いて回ればいいんだね?」

「頼むわ。後、那由多くんが逃げ出さないように注意して」

 あと、オレはもう一つ付け加えておいた。

「那由多くん、村から出たらここに戻ってくる方法は分からないからね。君、スマホも腕時計も持ってきてないんだから」

「ひひひひいいいいい」


 オレとハルナさんは、村長が教えてくれた通り、村外れの教会に向かった。

 教会が近付いてくるにつれ、地面がデコボコ、しかも嫌な匂いまでしてきた。

「腐臭ね」

「やっぱ、そう思う?」

 オレはクンクンと匂いを嗅ぐ。

「毎晩死体が出てきては戻ってを繰り返せばこんな臭いもするだろうなあ」

「何故墓に戻るのかしら」

「うん、それが不思議」

 オレは歩きながら腕を組む。

「確かに授業でアンデッドのほとんどは日光が致命傷って言ってたけど、なんでわざわざ墓穴に戻るんだろう。ゾンビやスケルトンは知能がないから、夜明け前に帰るなんてことはないはずなんだ」

「誰かが裏にいると思う?」

「てか、誰かがいなきゃできないだろ、こんなこと」

「そうね、自然発生のゾンビはそのまま太陽の光に当たるものね」

 墓地に辿り着く。

 並んだ小さな墓石。その前には掘り返され、埋め戻された後。

「ん~……」

「腐臭が強いわね」

 オレは膝をついて、土を触ってみる。

 柔らかい。

「今、この下には、死体が埋まってるはずなんだよな」

「そう……ね」

「ちょっと掘り返してみようか」

「正気?」

「何かあるから」

 オレはポーチの中から大きめのスコップを取り出した。

「そんなものまで入れてたの?」

「いるかなーと」

「スコップを持って行こうって勇者、そうはいないわよ」

「たまにはいるだろ」

「勇者は荷物は最小限にまとめてが常識よ?」

「今度教えてくれ、オレは荷物減らない人なんだ」

 スコップで、穴を掘り返して埋めなおしたような穴を掘り返してみる。

「手伝う?」

 墓暴きしてるのに文句も言わず、そう申し出てくれるハルナさんはやはりこういう場面に慣れてるんだろう。

「いや。周りで何か起きないか見張っておいて」

「分かった」

 オレは地面を掘り返しながら言う。

 少し深くなってきたところで。

  ぴしっ。

 空気が凍り付いた。

「気付いた?」

「ああ」

 オレはニッと笑い返した。

「明らかに誰かいる。しかも、これ以上掘り返すなって警告までしてる」

「方向は分かる?」

「残念ながらそこまでは。ハルナさんは分かる?」

「分かるわ。教会の裏。一人ね」

「一人ならオレたちで取り押さえられそう?」

「大丈夫だと思うけど、念押しは必要ね」

「OK」

 オレはスコップをポーチに戻して立ち上がり。

 そして大声を上げた。

「今は話ができないんなら夜ならどうだ?」

 凍り付いていた気配が、不意に途切れた。

「神那岐さん?」

「掘り返してほしくないんだろ? そして出てこれないんだろ? 夜ならいいか?」

 すぅっと気配が消えた。

「神那岐さん」

「村に戻って話そう」


「ああ、お帰り」

 村長の家で、スマホを見ていたおっさんが顔を上げた。

「那由多くんは?」

 おっさんは苦笑して机の下を指した。

 覗き込むと、机の下から出てこない那由多くん。

「何、そんな怖い話を聞いたの?」

「いや、大した話じゃないんだが」

 スマホのメモを見ながら、おっさんは笑った。

「一か月前に、妙な子供がいたらしい」

「妙な子供?」

 オレとハルナさんが座って、おっさんの話を聞く。

「まだ十かそこらの子供でね、夕暮れ時にふらりとやって来た、見かけない子だったらしい。親とはぐれたのかとも、村人が心配して家に泊めたんだ。そこの家の子と仲良くなって、一緒に寝て、起きたらいなくなっていたそうだ。その日以来らしいよ、アンデッドが村に来るようになったのは」

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