第22話・ここは めさす の むらです

 ハルナさんが洞窟を先頭に出て、次がオレ、おっさんも出て、怯えて出たがらない那由多くんを引っ張り出した途端、支給腕時計が起動した。

 それまでただの腕時計としか思っていなかったものが、オレたちのタイムリミットを刻む。

「い……行きたくない。行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない」

 やれやれ。

 調子に乗ると何処まででも鼻が高くなるけど、いざヤバいとなると全く役立たずになるんだもんなあ。

「一日もあるんだから、そんな、急がなくても」

「一日ないの」

 ハルナさんが冷静に突っぱねた。

「ここがどんな異世界かは知らないけど、モンスターがいる可能性は高い。どんな事件を解決しろと言うのが分からず、タイムリミットが設定されていることから考えると、一刻も早く向かった方がいい」

「うわあああ」

 那由多くんが情けない声を上げた。

「えーと」

 オレはこれまた支給品『無限ポーチ』からまたまた支給品のスマホを取り出した。オレの個人所有じゃないが入学時に学校から送られて、色々なアプリが入っているという。オレも全部を確認したわけじゃないけど、なかなかに便利だ。

 マップアプリを起動させると、北の方に「メサス村」との表示が出た。

「この村じゃないかな」

 ハルナさんとおっさんもスマホを持っていて、顔色が青を通り越して白くなっていたのは那由多くん。

 支給スマホまで持ち歩いてなかったのか。

「オレたちとはぐれたらアウトだと思えよ?」

「くそっ、平均点最低のクセして……」

「装備を持ち歩かないのは成績とは別物でしょう」

 ハルナさんに冷静に突っ込まれる那由多くん。

「勇者は常に備えるべし。特に『速やかに装備を整えて』なんて先生がわざわざ言ってたんだから」

「そんなの知るかよお!」

 ハルナさんはもう涙ボロボロで役立たずが確定した那由多くんをキレイにスルー。

「そう言えば、準備に随分時間をかけていたようだけど、何を用意してきたんだい?」

 この人も時計とスマホ以外はあまり持っていないようなおっさんが、不思議そうに聞いた。

「色々」

「色々って、具体的には?」

「無限ポーチがなかったら潰れてたかと思うくらい」

「そんなに?!」

 オレは自他ともに認めるマキシマリストである。荷物が多くてたまらない。二泊三日の旅行にキャリーケースがパンパンになる。あれもいるかこれもいるかと荷物を残していけないのだ。だから荷物をまとめるのに「速やか」とはいかなくなる。

 だけど、いつもなら荷物を持っているというより荷物に連れられているという感じのオレには、無限ポーチはとてもとてもありがたかった。

 この支給品、外見は大きめのウエストポーチだが、実は入れる口に入るサイズならほぼ無限大に荷物を詰め込めるマジックアイテム。鎧とかを入れるのは無理だけど、細々としたものならいくらでも入れられて、ホント魔法に感謝だ。

「一応いるかもと思ったものは突っ込んできたけど」

「そう言うのは道々聞くことにしましょう」

 ハルナさんがまとめた。

「とにかく、タイムリミットまでにミッションクリアしないと」


 三十分くらい歩いたか、遠くに小さな建物が固まって建っている集落が見えてきた。

「あそこかな」

「那由多君、もう一度言っておくが」

「分かってる。僕は口を出さない。僕の世界を共有することができる者はこの世界にはいない」

 交渉はおっさんに任せることに決まっていた。ニートだったオレと中二病の那由多くん、自分にも他人にも厳しいハルナさんじゃ、初対面の相手から情報を引き出すって言うのは不可能だ、という結論だ。おっさんは元バリバリの営業マンで相手から情報を聞き出すのには少し自信があると言っていた。適材適所。それが一番。

 かといってオレに適所がないのも、なあ。

 自分の強みのなさに溜め息をつきたくなるけど、那由多くんの今の調子なら彼以下のお荷物にはならないだろう、うん。

 村にかなり近づいた。

 杖をついたばあさんが、憂鬱そうにしている。

「こんにちは」

 おっさんがにこやかに話しかけた。

「おや、まあ……呑気な事だねえ。四人揃って、何の用だい? この村に何が起きているのか、知らないはずはないだろう?」

「起きている、とは」

「本当に知らないのかい? まあ、こんな時にメサスに来るなんて、何も知らない人ばかりだろう……旅人さん、災難だったねえ……」

 おっさんはばあさんの目の高さまでかがみこんで、聞いた。

「災難とは。実は我々、この村に何かが起きていると言われて来たのですが、何が起きているのか分からないのです」

「なんだって?」

「だからその『何か』を教えていただけませんか。もしかしたら、お力になれるかもしれない」

「もしかして、あんたたち……」

 ばあさんは忙しなくオレたちの顔を見比べて、言った。

「いや、もしかして……本当に……勇者様、なのかい?」

 これにはこっちも困った。だって、まだ勇者の資格はもらってないんだから。

「この村のお力になりたいと思っています。この村で、何が起きているのですか?」

 お、おっさん、上手い。勇者だと断言せずに話を進めた。

「ちょ、ちょっと待っておくれ。おうい、おうい!」

 意外とデカい声出せるんだな、このばあさん。


 通されたのは、周りの家より少し大きい家。ひげを蓄えた、疲れ切った顔のおっさんが村長、らしい。

「貴方達が勇者とお聞きしたが」

「いえ、勇者などとはおこがましい。頼まれてきたのは本当ですが、何が起きているかは聞かされていないので」

「勇者、ですかな?」

「勇者に見えますか?」

 おっさんはにこやかに返した。

 ……まあ、確かにおっさんはスマイルの上手い営業マンだし、那由多くんは青白い顔をしたまま。それでも勇者かも、と村長が期待するのは、ハルナさんの存在だろう。もんのすごく頼りがいありそうな人だから。

「勇者ではなくとも」

 村長は深刻な顔で言った。

「この村の事件を解決していただけるなら、それでいい」

「はい、そう言うことで」

 村長な憂鬱な顔で話し始めた。

「この村に、安眠が訪れなくなったのは一ヶ月ほど前のこと」

 安眠。つまり事件は夜起きてるってことか。

「村はずれの教会は見ましたかな?」

 そう言えば十字に輪のついた飾りを掲げた建物があった気がする。

「ききき、きょう」

 何を想像したのか、震える声で言いかけた那由多くんの、口をオレが塞いで強烈な肘鉄をハルナさんがかました。

「? 何か?」

「いえ、何でも。お話を続けて下さい」

「……はい。一ヶ月前から、毎夜、毎夜」

 村長は声を潜めた。

「死者が家に帰ってくるのですよ」

「帰ってくる、とは」

「言葉通りです。教会墓地に埋葬された死者が、墓穴を抜け出して、毎夜毎夜かつての自分の家のドアを叩くのですよ……!」

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