第21話・一ヶ月目の試練
基礎体力とある程度の魔法、それと戦い方を教わって、一ヶ月。
ちょうど入学から一ヶ月経った五月、先生は言った。
「そろそろ、勇者……と言うにはまだ早いかもしれませんが、勇者志望者としては最低限の能力は身についたと思います」
そう。一ヶ月、鍛えられた。
毎日の回復魔法かけながらの超長距離ランニング。訓練所移動を目指しての魔法の訓練。勇者に必要な最低限の知識。
まずはランニングによる筋肉痛との戦い。あれはひどかった。体がギシギシメキメキ言って、舎監さんが部屋を一つずつ覗いてきて筋肉痛になっていないかと聞いてくれなければ、そのまま飲まず食わず出せず三日三晩は動けずベッドから離れられなかったと思う。言われた通り舎監さんから薬をもらって、それでだいぶ楽にはなったけど、身体が動かしづらいのは確かで、それが治らないうちに翌日のランニング。アスリートを越えるハードトレーニングだ。ちなみに好奇心からハルナさんに筋肉痛の薬をもらったのかと聞いて見たけど、「あの程度なら魔法も薬も要らない」と来た。やっぱ勇者の娘は強いわ。
そして魔法の訓練。訓練所に移動することを目標に一生懸命頑張ったが、なかなか望んだ結果は出なかった。しかし、ランニングでの主席がハルナさんなら、この魔法実技の首席は那由多くんだった。
おっさんはその代りに一般教養と魔法知識、いわゆる座学は強かった。元々デスクワークの知能派だし、魔法も何か法則があると気付いてから、知識はどんどん深くなっていった。那由多くんと顔付き合わせて何をしているのかと思ったら、次に覚える魔法は魔勇者に相応しい闇魔法じゃなきゃいけない、ならこんな魔法は、と相談に乗っていたらしい。
……うん、分かるよな。
オレがランク外ってのが。
いやいや、オレだって頑張ってますよ?
これだけ勉強したのは高校受験の時だけかもしれない。
実際、勉強は楽しいし、ランニングも魔法も、やればやっただけ、成長したなって思える。
だけど、オレが、オレだけが、これが得意だという強みを出せていない。
全部の科目が一番下、ってわけじゃない。ないけれど、平均点がどれも取り立てて高くないので上がらない。結果、一点豪華主義の那由多くんに平均点で抜かれる始末だ。
おっさんやハルナさんは気にするな、すぐに追いつけると励ましてくれたが、那由多くんは入試から散々オレに文句を言われていたことから、「平均点が僕より下の三流に馴れ馴れしくしてほしくないね」とまで言われた。
悔しいが、反論も出来ない。実際そうなんだから。
「はい、では、皆さんがどのくらいできるようになったか、今日は抜き打ちテストをしようと思います」
相変わらず笑顔の先生。
先生は最近博の顔を出していない。もちろん先生が友達だからって何か融通を利かせてもらおうってわけじゃないけど、なんか見捨てられた感がひしひしして悲しい。
……てか、抜き打ちテスト?
「皆さん、速やかに装備を整えて、グラウンドに出てください」
「速やかに装備を整えて」。
これは、任務が下った際、必要なアイテムを武具も揃えて用意して集合、という意味だ。
じゃあ何かあるな。
那由多くんは気にせず
オレは敢えて、遅くなる方を選んだ。
ハルナさんは、教室の反対側で何か揃えてから急ぎ足で出て行ったので、その後に出たオレが最後になった。
「遅い!」
那由多くんがブーブー言う。
「貴様がクラスで一番最後だ! 僕たちを待たせるなんて偉そうな真似をして! そんなだから平均点が……」
ガスッ。
先生に頭をどつかれて、那由多くんは涙目。
「魔法実技の成績だけで平均点が高いのもいただけませんよ」
「だ、だって……」
「全員揃ったようですので、抜き打ちテストの内容を発表します」
先生は那由多くんをどついた手をパン、と打った。
グラウンドに青白い光が走る。
「?!」
円を描くように青白い光がグラウンドの表面を走り、そして最初出てきた場所に戻った瞬間。
青白い光が、オレたちを巻き込んで、円柱状に上昇した!
遠くなるグラウンドを見たのが最後で、気圧変化のせいか分からないけど、オレは意識を失った。
目が覚めたそこは、薄暗かった。
ぼんやりと青白い光を放つ岩肌。固い床。
……固い床?
起き上がって、オレは慌てて辺りを見回した。
そこは、狭い空間だった。
むき出しの岩肌から見て、洞窟か何かの中か? 岩を削って平らにしたような床には、あのグラウンドを走ったのと同じ青白い光がゆうらりと円を描いて灯っている。
ハルナさんも、おっさんも、那由多くんも、同じように倒れていて。
残る一人。
先生は、腕時計を見ながら立っていた。
「……おはようございます」
「はい、おはようございます」
授業モードのまま。……ということは。
これはアクシデントでも何でもない。先生が何かやらかしたんだ。抜き打ちテストとやらの為に。
とにかく、みんなを起こさなきゃ。
「ハルナさん……おっさん、那由多くん」
声がうわんうわんと響く。やっぱここ洞窟だな。洞窟の中だ。
「ハルナさん」
もう一度呼んだら、ハルナさんはぱちりと目を開けて、次の瞬間腰のナイフに手をやりながら飛び起きた。さすがは勇者の娘、危機管理ができている。
「ハルナさん、那由多くん起こして。オレ、おっさん起こすから」
立っている先生を見て何となく状況を把握したんだろう、ハルナさんは頷いて那由多くんを揺さぶった。
「おっさん、おっさんってば」
「ん……んー……」
おっさんはしばらくムニャムニャ言っていたが、突然目を開けた。
「あ、雄斗君、ここは」
「はい皆さんが起きるまで五分十一秒かかりました」
……小学校の朝礼か?
「これからは、異変が起きたらすぐに体を動かせるようになる訓練もしなければ、ですね」
「五分十一秒……?」
ハルナさんが悔しそうに呟いた。
「ダメ……平和な学校生活で、なまってた……」
「そうですね。気を付けてください」
「はい……」
なんのこっちゃ?
「はい、皆さんには、いわゆる『異世界』に来てもらいました」
異世界?!
……と言っても洞窟の中だから全然実感がない。
「今から、この『招きの洞窟』を出て、近くにある村を救いに行ってあげてください。事件解決に必要な時間は一日とします」
え。え。え。え。
訳わかんないんすけど?!
「皆さん全員がこの洞窟から出た瞬間から計測します。支給腕時計で残り時間が分かりますので活用してください」
那由多くんが青ざめた。
支給腕時計は文字通り支給された、スマホ並みのスペックを持つ腕時計で、一般教養の時間に教わった「勇者必要アイテム」のひとつに入っていた。が、那由多くんはダサいみっともないと腕時計をつけていなかったのだ。
「あの、せんせ、忘れ物」
「言いましたね、『速やかに装備を整えて』と」
安久都先生は笑顔で叱っている。
「この通り、勇者は一度任務に出れば、余程のことはない限り戻れません。腕時計がないのは君の油断です」
そうして先生は手を叩いた。
「では! 抜き打ちテスト、開始!」
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