第15話・変われるさ

 その後、寮に案内された。

 中心の舎監室から右に男子寮、左に女子寮。

 男子七人、女子五人。計十二人の住む量は、扉と扉の間の幅から見て、一部屋の広さはかなりのもの。

「では、それぞれに鍵を渡しますので、自分の部屋の片づけをしてください。夕食は十八時から、点呼は二十一時十五分、消灯は二十二時となっています。明日から授業が始まりますので、夜更かししないように。想像していると思いますが、かなりハードなので、体を休めてください」

 それだけ言って、先生は去っていった。

 オレは受け取った鍵を開けて、部屋に入った。

 そこにあるのは大量の段ボール。

 そりゃそうだ、据え付け型ゲーム、携帯ゲーム。パソコン、マンガ、小説、かーちゃんに捨てられたくないもの全部送ったんだから。送料はかーちゃんが「武士の情け」と出してくれた。

 さて、これを何処から片付けようかなあ。

 とりあえずマンガを本棚に入れて、パソコンは寮完備のWi-Fiと繋いで、ゲームも完備のテレビと繋いで……。

  コンコン。

「ん?」

 叩かれたのはドアじゃなかった、窓だ。

 いや、ここ平屋だから窓の向こうに誰かいてもおかしかないんだけど、なんで窓を叩かれる?

 窓のロールカーテンを除けて外を見る。

「よ」

 博の顔に戻った安久都先生が立っていた。

「とりあえず窓開けろ、窓」

「お、おう」

 窓の鍵を開けると、博はひょいっと窓枠を飛び越えて入ってきた。

「お宝全部こっちに寄越したんだな。業者文句言ってたぞ。量は多いわ重いわって」

「しゃーないだろ、かーちゃんに捨てられたくないものしかなかったんだから。てかからかいに来たんなら帰れよ、お宝整理しなきゃならねーんだから」

「手伝ってやるよ」

 博はパチン、と指を鳴らした。

 持ってきた本がすたんすたんと本棚に収まる。

 ゲーム関係がテレビの傍に収まり、段ボールが部屋の角に収まった。

「それって、超能力? 魔法?」

「一部の人間が使える力って点ではどっちも同じだな」

 一気に片付いた部屋んお中で、博は軽く首を鳴らした。

「魔法でも超能力でも問題ないよ。この学校で教われば覚えられる力だし。この力は一応、念動力テレキネシスって呼ばれてる」

「動かなくても本取れるな」

「相変わらずだなー。十年で変化したのが身体だけじゃないか」

「お前は変わったな」

 ベッドにぼすん、と座った博に、オレは返した。

「ていうか、お前も変わってないと思ってたよ。おんなじにゲームして勉強嫌いでって。それが何だ、世界をいくつも救ってきた勇者様だって? 一体何があったんだよ」

「俺は社会勉強したからな」

 ひひひ、と博は笑う。

「その上色んな世界救ってきたんだ、変わらないはずがないだろ」

「なんか、悔しいよ」

 ポロリと言葉が出た。

「お前も一緒だと思ってたから」

「人間、動き出せば変わるもんだよ」

 ベッドに仰向けに倒れ込みながら、博は続ける。

「お前は一歩も動かなかったから変わらなかったんだよ。逆を言えば、今からでも動き出せば変われるよ。お前も」

「オレは変われなくてもよかったんだけどな」

「一生そのままってわけにはいかないだろ」

「問答無用で動かされたからな」

「変われるさ」

 博は笑いながら言った。

「変わろうと思えばな」

「変わりたくないんだけどな」

「いいチャンスじゃん、変われよ」

「変われるかなあ」

「可能性がなきゃこの学校には来られない」

「なのかな」

「だよ」

 博は軽く笑った。

「可能性があると思ったから、オレはお前にパンフ渡したんだ。そして現実に入試に合格した。大丈夫、変われるよ」

「…………」

「じゃあ、俺は戻るわ」

 窓を開けて、片足を踏み出しながら言った。

「応援してるから。頑張れよ」

 そのまま窓を飛び越えて、博は去っていった。

「応援……してくれたのかな」

 思わず呟く。

「……勇者に、なれんのかな、オレも」

 世界を救う勇者に。

 誰かを助けられる勇者に。

「頑張るかあ」

 オレは腕を突き上げて、そのままベッドに沈み込んだ。


  コンコン。

 今度はドアからノックだ。

「いるかね?」

 この声は……土田のおっさんだ。

「おーう、どしたんすかー?」

「ちょっと話がしたくてね、いいかい?」

「どうぞ」

 オレはベッドから起き上がってドアを開けた。

 相変わらずしょぼくれたおっさんの代表格のような土田のおっさんは、部屋を見て驚いていた。

「あれだけの時間でこれだけ部屋を片付けたのかい?」

「あ、まー。色々と」

 まさか先生が魔法か超能力でやってくれたなんて言えないので、軽く誤魔化した。

「おっさんは片付けは終わったんすか?」

「家財道具はほとんど妻が持って行ったし、生活必需品は揃っているって言われたからね」

「おっさんの自宅は?」

「賃貸だったから、引き払ったよ。卒業しなければ住む場所もないな」

「思い切ったな」

「だけど不安だよ。先生は勇者になれると言ってくれたけど、体力もないし頭脳も衰えていくだけの私に何ができるのかな……と思うと」

 ふと、オレの脳裏に、ある言葉がうかんだ。

「変われるさ」

 それは、博が言ってくれた言葉。

「ここに来ただけで、もうおっさんは嫁さん子供に逃げられて会社クビになったしょぼくれじゃない。勇者候補生なんだ。だったら変われるさ」

「うん……うん」

 おっさんは入り口に立ったまま何度も頷いた。

「そうだね。もう退路も断ったから、前に進むしか道はないんだ。そうだ、変わるしかないんだ」

「そうだよ、先生も言ってくれてたろ? 変われるって」

「そうだね……」

「それに、オレは常識人のおっさんが来てくれてよかったと思う。ハルカさんはともかくとして、規格外すぎる那由多くんとの三人パーティーじゃ空中分解間違いなしだ。おっさんの当たり前の意見が助けてくれると思う」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 おっさんは笑った。

 ふと、笑顔が見たくて勇者をやっていると言った博の顔を思い出した。

 心底幸せそうな顔。

 オレも、あんなふうに笑えるだろうか。

「じゃあ、晩ご飯までに部屋の片づけをもう少し進めるから。邪魔したね」

 おっさんは笑って部屋のドアを閉めた。


 変わる。

 変われる。

 そう言ってもらったからには、変わるしかないだろう。

 なら、博以上に変わって見せる。

 心の中でそう決意して、スマホのアラームをセットして、晩飯までの時間を仮眠に当てることにした。

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