第16話・そして翌日

 スマホの目覚ましで起きて、タンスを開ける。

 昨日もらったモノ。学校が用意したブツ。

 運動着。

 ただの運動着じゃない、と博、もとい安久都先生は言っていた。

『勇者に必要なのは武器と防具。そして、それらを装備するには、まず装備できるほどの筋力と体力が必要です。もっとも全員が鋼を纏う必要はありません。この運動着だけでも、ハードレザーアーマー並みの防御力はあります』

 那由多くんが不服そうにぶつぶつ言っているのを横目に、先生は説明を続ける。

『しかし、体力や筋力は当然あった方がいい。マンガでも、重い装備を纏って戦い、強敵を目の前にそれを外すという話は結構あります。そう、普段の生活から重荷を背負っているのが大事なのです。と言うわけで、運動着……と言うか、これは略式制服となるのですが、これを日常的に着てもらいます。もちろん洗い替えの分も用意してありますので、必要な方は言って下されば何着でも支給します。この制服を、授業中も、休息中でも、着ていることによって、体力と筋力が無駄なく上昇していくのです』

 こんな魔勇者に相応しくないもの着たくないとブーブー言う那由多くんに、安久都先生はチラリと目を向けた。

『着なくても構いません。ただし、確実に、皆から置いて行かれますよ?』

 その言葉に黙り込んだ那由多くんの机の上に、そして全員に配られたこれ。

 でもなあ。手に持った限りじゃ、普通の服の重みしかないんだが。

 まあいいか、着てみるか。

 しゃれたデザインのジャージに袖を通す。と。

「……う」

 チャックを絞めたその瞬間、ズシリと負荷がかかった。

「……重……」

 動けないほどじゃないけど、確実に体力を奪っていきそうな。

 全身まんべんなく重みを感じる。

 支給運動靴も、足をあげるのに負担にならないけど重い、そう言う重さ。

 これを一日中つけてろってのか。

 正直、しんどい。

 粘液の中を歩いているような動きで何とか食堂に辿り着いたんだけど。

 ……ちょっと馬鹿を見たな。

 十二人の内、半数近くが運動着を着ていない。シャツとか、軽い服ばかり。

 土田のおっさんは、オレより先に来ていて、真面目に上下靴まで運動着で、ゆっくりゆっくり食事をしていた。

 ……バカを見るかな。今からでも着替えてくるかあ?

「……ふうん」

 後ろからアルトの固い声が聞こえた。

 その声は。

「ハルナさん」

 当然のように運動着を着ているハルナさんは、開口一番、言った。

「見直した」

「はい?」

「あの土田さんも、あなたも、ちゃんと朝から運動着を着ているから」

「でも、先生は始終着てろって」

「言われても、先生の目の届かない所で着ていない人間は、成長できない」

 その声が届いてびくっとしたのは、私服を着ていた半数。

「その点あなたや土田さんは、きちんと朝から運動着を着て、身体に負荷をかけている。それは、成長への第一歩。授業開始前からその心掛けができていれば、きっと強くなれる」

「先生相手にあそこまで戦えるハルナさんに褒められるとは光栄だね。なんか、こー……サイボーグみたいなイメージあったから」

「ちゃんと両親はいる」

「分かってる、勝手に思ってたイメージの問題だから。……あと、褒めてくれてありがとう」

「本当のことを言っただけ」

「いや、オレ、七年間褒められなかったのに、この学校に来てから何回か褒められたんで、嬉しいんだ。ありがとう」

「あなたが頑張れば、もっと褒められる……と、わたしは思う」

 ハルナさんは顔色一つ変えず、淡々と言った。

「褒められない時もあるだろうけど、そんなところを見ている人もいる、そう思えば、無駄な挑戦はない」

 ハルナさんもゆっくりゆっくり食堂に入ってきた。……あれ?

「ハルナさん、オレよりずっと体力も筋力もあるよね」

「常人より少し上くらいには。それが何か?」

 常人よりかなり上だろうと心の中でツッコミながら、オレは言った。

「この重さの運動着だったら、ハルナさんがそこまでゆっくりになるはずないんじゃないかな」

「ああ、その事」

 ハルナさんは何でもないように答えた。

「この運動着は、装備者に合わせた負荷をかける」

「装備者に、合わせた?」

「はい。わたしが貴方の重さの運動着を着ても、それは大した負荷とならない。逆に、あなたがわたしの重さを着たら、床から立ち上がれなくなってしまうかもしれない」

 ……その可能性は、あるな。

「つまり、オレに合わせた重さになっていて、オレが強くなれば強くなった分同じくらいと思えるような負荷をかけ続けるってわけ?」

「はい。だから先生は、いつでも着ていろと言った。体に合った負荷をかけ続けるために」

 ほほーう。これも魔法の一種かな? どっちにしても便利だ。強くなってもおもりを増やさず勝手に重くなるんだから。

 そう思うと、外した時どうなるか、ちょっと楽しみになって来た。

 確かにこれなら、座学の時も体力・筋力増強に役立つ。極端なことを言えば寝る時これを着てれば、寝てても強くなれるってことだ。

 ……ちょっと寝苦しいかもしれないけど。

 そこへ、一人、入ってきた小柄な人。

「……へえ」

「……はい」

 泳ぐようにして食堂に入って来たのは那由多くん。

「昨日のコスプレはもう着ないのか?」

「闇の装束だ勘違いするなあれこそ僕の正装であって」

「はいはい、で、なんで運動着で?」

「汚れるから……」

「は?」

「汚れるから、と言ったのだ! 僕の闇の装束を汚すわけにはいかないから、やむを得ず、こうして……!」

「……持ってきた服、全部汚すと困るコスプレ衣装ばっかりってわけ?」

「かっ、関係ないだろ!」

 わーい図星ーぃ。

「全く、闇の貴公子にして魔勇者たる僕が、何故こんな凡庸ぼんような強化服など着なければならないのだ……!」

「はいはい、飯を食おうな」

 三人でゆっくりゆっくり「第三科」と書かれた、土田のおっさんが座るテーブルに向かう。

「おはよう」

 土田のおっさんが手を挙げようとしてゆっくりになったのでいらないと振ろうとした手もゆっくりになった。

 大きな丸テーブルの、名前が書かれた椅子に座る。

 一汁三菜、朝からそこそこがっつり系メニュー。栄養バランスが考えられているらしく、野菜も多いしたんぱく質も多い。

「食べるのが一苦労でねえ」

 おっさんは額にじんわりと汗をかいている。

「食事時間が長いなと思ったけど、こういうわけだ。私は明日からもう少し早く起きることにするよ」

 オレたちは、授業が始まる前に粘液の中でご飯を食べるという、滅多にない、しかしこれから毎日ありそうな体験をさせられたのだった。

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