第10話・入学式前から大変そう

 そして来る四月、寮の部屋はなかなか広いというのでかーちゃんに絶対捨てられたくないお宝の数々を宅配で送り、オレは単身スーツを着て学校に向かった。スーツなのは、かーちゃんが国立の学校の入学式ならスーツじゃないとみっともないと言ったからだ。入学説明書には服装の指定はなかったし、入試がだったから、別に何を着てもいいとは思ったんだが。

 かーちゃんは万歳三唱で見送ってくれたが、オレが学校に行くのを喜んでるのかバカ息子が消えるのを喜んでいるのかよく分からなかった。多分両方。

 受験の時のように、電車に乗って、バスに乗る。

 学校行きの最終バスは、どうやらオレ一人が乗客らしい。みんな早く行ったのか……。オレの家からは一番早いルートが最終バスになってしまうから仕方ないんだけど。

 山の頂上にある学校に向かうために、バスは山道を走る。

 受験の時は一応緊張していたので外を見る余裕はなかったけど、今じっくりと外を見てみると、ところどころ怪しいのが見えた。

 人間の半分くらいしかない犬頭のモンスター……多分コボルト……が群れでバスを追っていてクラクションを鳴らされて逃げたりとか、金属を反射したような光とか、時々遠くから聞こえる爆音とか。

 うん、怪しい。

 つーか国まで出てきて勇者育ててるんだから死ぬほど怪しい。

 怪しいけど、この学校にお世話になっている間はお金ももらえるし三食つくってもらえるらしいしコレクションも守ってもらえる。こんな好条件は他にない。

 バスが校門の前に止まった。

 オレは一呼吸おいて、バスを降りた。


「雄斗君!」

 聞き覚えのある声に振り向けば、そこには土田のおっさんがいた。同じくスーツ姿だ。

「おっさんも入学するのか」

「他に行くところもないし、家にいても一人だしねえ。今からでも国家公務員になって稼げるなら、嫁と娘への仕送りもできるだろうし」

 そっか、おっさん、使い込みがバレて離婚されたんだっけ。

「いやあ、君がいてくれて嬉しいよ。色んな意味で」

「おっさんも元気そうでよかった」

「あとの二人もいるよ」

 あとの二人とは、あの二人しか思いつかない。

 おっさんが指した先には。

 黒いマントに黒いローブ? どこのコスプレショップで買った? 入学式それで出んのか? って恰好で木陰に佇んでる那由多くんこと一馬くんと。

 相変わらず飾り気のない動きやすそうな服装で黙々と木刀素振りをしているハルナさんがいた。

「確か十二人合格したんだよな。あとの八人は? 蹴った?」

「書類が怪しそうでもこの好条件に食いつかない人間がいると思うかい? 全員職がなくて困ってる。あるいはお金か。そこに就職率百パーセント、高収入約束のニンジンがぶら下がって走らない馬はいないよ」

「じゃあ全員入学かあ」

 思って、オレは気付いたことを言った。

「……他の新入生、さ。どんな格好してた?」

「大体はスーツだよ。ただ、入試がだったから動きやすい恰好で何が起きてもって準備している人も、風岡さんを始めとして何人かいる。で、大沢君が……」

、か」

 自分に酔うのはいい。いいけど酔っていい場所を考えろよ。確かに勇者を養成するなんて死ぬほど怪しげな学校だけど、国立の学校だぞ?

「それで、四人一組で行動するらしくてね……君がいてくれて、本当に、安心した」

「……オレも、おっさんがいてよかった」

 おっさんが「色んな意味で」と言った意味がよく分かった。入試四人組の内一人があれでもう一人があれなら、自分はさぞ浮くだろうと心配したんだな。気持ちは分かる。

「受験番号十三番、十四番、十五番、十六番、揃いましたね?」

 笑顔でやって来たのは入試の時のきれーなおねーちゃん。だけど気をつけなきゃいけない人物のトップ。入試の時、オレたちを秒で森の中にすっ飛ばした上に、切り傷とひどい打撲傷を杖の一振りで治した、とりあえず今んとここの学校で出会った要注意人物だ。

「あ。すいません、遅れました」

「いえいえ大丈夫ですよ。最終バスに間に合ってよかったですね」

 おねーさんは笑顔で返す。

 素振りってたハルナさんがやって来た。

「十六番、風岡ハルナさん。後は十四番の……」

「あーあれは自分の世界に入ってるんでちょっと連れてきます」

 相変わらず自分の世界に浸っている那由多くんの横に行き。

「那由多くんっ」

 と耳元で怒鳴ってやった。

 那由多くんはびくぅっと跳ね上がってマントの裾を踏んですっ転んだ。

「やっ、闇の貴公子、或いは光を兼ねそえる魔勇者に向かって何を」

「何が魔勇者だ、入学式だからさっさと来いっての」

「この学園に認められたのは勇者だが、僕は闇の力を持っている! 魔勇者とは僕のためにある名称!」

「早く来ないと」

「来ないと?」

 ケンカを売ってくる中二病に、オレは言ってやった。

「どこのコスプレショップでそれ買ったか、調べて学校の人間全員に教える」

「ふっ、それこそ無意味!」

 那由多くんは胸を張った。

「これは僕が幾年月も重ねて闇の力を具現化したもの! 金で取引するような物真似玩具と一緒にするな! 僕が真の魔勇者となったことで完成したこの衣を……!」

「じゃああいつはあの衣装自分で作りました製作時間結構かかってますここが初お披露目ですって言いふらす」

 ぴたりと那由多くんの動きが止まった。

 ビンゴか。

 オレは固まった那由多くんをずるずると引きずっておねーさんたちの所へ戻る。

「ご協力ありがとうございます」

「いーえぇ」

 那由多くんは相当文句を言いたそうだったが、さすがに幾年月重ねて自分で作った衣装を着て来たって言い触らされたくないのか、目をぎょろつかせるだけで何も言わなかった。

「では、ついてきてください」

 まずついたのは、四つの机と椅子があるそこそこの広さがある教室だった。

「入試の時特に問題がなかったようですので、この四人で第三養成科とします。これから一年間、もしかしたら就職後も生死を共にする仲間になりますので、どうか仲良くしてください」

 仲良く……仲良くねえ……。

 土田のおっさんは大丈夫。ハルナさんは個人プレイ向きで仲良くできるか分からないけど、損得が一致すれば仲良く……って言うか協力できるだろう。

 となると……問題は……彼か。

 流那由多こと大沢一馬。

 中二病の上ヘタレのチキンで協調性なしって結構問題だぞ。

 考えはドアを開ける音で途切れた。

「ありがとうございます。ここからは私が引き受けます」

「あ、はい、分かりました、安久都先生」

 あくと?

 そんな珍しい苗字を持つ知り合いはそうそういなくて。

「ようこそ狭間職業訓練校へ。担当教官の安久都博です。一年間で皆さんを勇者にするために厳しく行きますので、よろしくお願いします」

 スーツ姿で立っていたのは、十年離れ離れで、再会の時にこの学校を教えてくれた、あの幼なじみで間違いなかった。

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