第11話・どっきり入学式
「では、これから入学式を始めるので、体育館に向かいましょう」
博……いやこれからは安久都先生か……に言われて、オレたちはついて行く。
そして、体育館に入るなり硬直した。
あの人……テレビとかネットニュースでよく見たんだけど……ニートでも知ってる人のような気がするんだけど……。
オレの記憶が確かなら、内閣総理大臣って言う人?
それが黒スーツを着た人を従えて来賓席に座ってる。
いや、国立だからさ? 国の長がさ? 来ても不思議じゃないけどさ?
だけど大体は代理とか、電報とか、そう来るだろ?
生の総理大臣がわざわざ来るなんてどういうこったよ?
マスコミがいないので、よかったと思い、スーツを着てきて更によかったとほっとする。
体育館に並べられた十二の椅子。そこに向かって歩きながら、チラッと後ろを見る。
ハルナさんは、びくともしていなかった。もしかしたらそう言う人が来るのを知っていたのかもしれない。
そして那由多くんは……。
ちょっとは恥ずかしがれよ。
胸張って歩くなよ。俯けよ。
そして他の八人も入って来て、席につく。
「では、これより国立狭間職業訓練校の第五十七回入学式を始めます」
土田のおっさんと同年代かな、と言うおっちゃんがマイクに向かって喋る。
「国歌斉唱。全員起立!」
慌てて立ち上がる。新入生の内、オレや土田のおっさんみたいに緊張してるのが半分、平然としているのがハルナさんを含めもう半分、……平然とし過ぎて他の人の視線に気づいてないのかってのが一人。
国家が終わって椅子に座る。ああ、久しぶりの雰囲気だな、こーゆーの。多分校長の話は長いし、来賓はもっと長くなりそうだから椅子があってよかった……。
「校長の祝辞。新入生起立!」
校長にしてはそこそこ若いおっさんが立ち上がって来賓席に頭を下げて壇上に上がった。
「入学おめでとう」
校長はお約束から切り出した。
「入試の始まる前の皆さんの顔と、合格を勝ち取った時の皆さんの顔は明らかに違っていました。そして今も」
めんどくせーお言葉がずらずら続くのかと起立したまま身構えるオレに、校長は気付いた様子もなく話を続ける。
「求めていた時の顔と、勝ち取った時の顔。前と後では、圧倒的に勝ち取った時の顔が良い顔でした。そして、勝ち取ったものを手にし、新たな力を得ようとする今の顔は、もっといい」
……長くなるんなら座っていい?
「ここでの訓練は厳しいでしょう。しかし、一年で街を、国を、世界を救う勇者を育てようと言うのだから詰め込むしかない。必死に食らいついてくるしかないのです。もちろん、今の皆さんに勇者の自覚を求めてはいません。特別国家公務員になれる、あるいは訓練費が目当ての人もいるでしょう。それでいい。しかし、卒業する時には、これから自分たちが何かを助ける勇気ある者として歩み出す存在になってほしい、私はそう思っています。そんな人材になってほしいと、心から祈っています。どうか、全員が来年の三月に卒業することを願って。四月七日。校長、
……意外に短かったな。
しかし、言いたいことは伝わってきた。
勇者になれと、何かを救う勇気ある者になれと、校長は言っていた。
オレの思っていたのと違うな。
勇者が国家公務員なら、日本の国益の為に戦えと言うのが相場だろう。自衛隊のように。いや、頼まれて外国なんかで戦うために派遣するんだから、国所属の傭兵に近いものだと思ってた。
だけど、あの校長の目はマジだった。
本当に、本気なのか。
ゲームの中にしかない職業。何もできない人たちの為に、命をかけることができる勇気ある者。
勇者。
本気の本気で、オレたちを勇者にする気なのか……?
「新入生、着席」
うわ、危ねえ。
考えすぎて号令聞き逃すところだった。偉いさんが来てる中で一人で突っ立ってたら恥ずかしいなんてもんじゃねえぞ。
「来賓、内閣総理大臣の祝辞。一同、起立!」
……うん、偉いさんなんてこんなもんだな……。
黒スーツのお兄さん二人を従えて壇上に立ったえらいおっさんは、まずは「入学おめでとう」から始まって、今の日本がどうこう、勇者による国の利益がどうこう、勇者が助けた世界の数がどうこう、あれこれどれそれ、「あー」とか「んー」とか挟みながら延々二十分続いた。
……マジ、しんどい……。
言っちゃあなんだがオレも体力のなさには自信がある。ずっと部屋で寝転がってゲーム、ベッドの上でスマホ、それを繰り返していたんだから。
受験から戻ってきた翌日は三時間歩き続けた反動が来て立てなかった。多分おっさんと那由多くんはハルナさんを抱えてたからもっとだったと思う。
そんなのが、何をするでもなく、だらだら続く話に付き合ってニ十分立っている。
これ、苦行って言わね?
何か足が震えてきたんだけど。
そこで気付いた。
堂々と座ってるヤツ一人。
……那由多くーん。
そこへひろ……もとい安久都先生がつかつかと歩いて行って、那由多くんの肩を掴み、問答無用で立ち上がらせた。
そうだよな、来賓の挨拶中に堂々と座れば目ぇつけられるわな。
那由多くん、辛抱しろよ、一日目くらい。
「では、以上を持ちまして、挨拶とさせていただきます」
やっと……やっと終わった!
「一同、礼! 着席!」
結構座る音があちこちで聞こえたんで、多分疲れて椅子に座り込んだのが大勢いるんだろう。
ハルナさんは……すげーな、鍛えてるのは分かるけど、約三十分間ほぼ微動だにせず立っていた。それだけでリスペクトするよオレ。
それから一年のスケジュール、学科内容の説明などがあって。
ようやく、この時が来た。
「それでは、本年度の入学式を終わります。新入生退場!」
オレたちは三十分その場に立ち続けることでヒットポイントの削られた足を引きずって、平然としている安久都先生の後について、体育館を出た。
嬉しそうに拍手している来賓と教員がいたが、オレは早くここを出て座りたい気持ちでいっぱいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます