第9話・しょくぎょうを こうたい しますか?
オレとおっさんは思わずポカーンと口を開けて顔を見合わせた。
ハルナさんは、何も言わない。無言で頷く。
「フッ……」
場違いなまでに興奮を抑え込んだ声で、那由多くんは笑った。
「ようやく深淵の扉に辿り着くことができたか。後は力を取り戻し、暗黒世界へ帰還するだけ」
……痛いからやめろ。
「お怪我をしましたね?」
おねーさんがハルナさんの包帯の巻かれた足を見た。
「野犬に左足を抉られて、血の臭いでやって来たオークに右足を殴られました。もしかしたら骨にひびが入っているかもしれません」
「大丈夫ですよ、死んでなければどうとでもなります」
おねーさんはあの杖を彼女の足に向けた。
きらっと溢れる光。
ハルナさんはおっさんと那由多くんに借りていた肩から腕を下ろし、二・三回軽くジャンプした。
「大丈夫です」
「はい。自分に対する判断能力はありますね。でも、一人で何でもできると考えてはいけません。足手まといに見えても、意外な才能を持ち合わせている人はいるものですよ?」
「……あのー」
ハルナさんの手足で忘れていたことを思い出して、オレはおねーさんに声をかけた。
「今、勇者になるって言ったよな」
「はい」
「ゲームで言うジョブチェンジ?」
「職業を変えるのですから問題ないでしょう?」
「ていうか何なの。何なのここ。周囲をゴブリンやオークが
「異世界ではありません。ここは正しく日本です。……ちょっと結界が張ってありますが」
「何そのちょっと結界って」
「少々お待ちください。えーと……残るはもう一組ですか?」
「この距離では間に合わないでしょう」
後ろの関係者ご一同様の一人が頷く。
「今年は合格が十二名。豊作ですな」
おねーさんは腕時計を見ながら五、四、三、二、一と数えて。
「終了でーす!」
杖を掲げて声を張り上げた。
「受験番号五番から八番までの方はミッション失敗により失格です。すぐに救助隊を派遣しますのでそのまま動かずにお待ちくださいー!」
……やっぱいたんだ、失格者。
つーかこの試験でオレらの他に二チームもクリアしていたことの方が驚きなんだが。
「では、入試は終了です。これから入学資料をお渡ししますので、入学するかどうかを判断したうえで、同封の封筒で学校に提出してください。詳しいことは資料に載っていますが、入試で分かる通り、危険な職業でもありますので、熟読して納得してから返答をお願いします」
渡されたのは、封筒。
疲れ果てて帰った家で、かーちゃんは「落ちたかい!」と聞いた。
「合格したから」
ぐったりと言ったら、「嘘じゃないだろね!」と来たので、書類の中からオレの名前と合格と書かれた書類を渡してやったら、めっちゃ喜ばれた。おかげで何の職業か聞かれずに済んで助かったが。
部屋に戻り、鍵をかけて、ベッドでゴロンしながら学校で一通り目を通した書類を、今度はじっくり読みなおす。
勇者。
それは特別な人材。
日本という小国が面積も資源もはるかに上回る大国とやり合えるのは、勇者を育成する方法を、地球で唯一持っているためなのである。
具体的に言えば、日本国政府に来た依頼を受けて単独或いは少人数で他国や異世界に派遣され、起きている問題を(腕力と魔力と知略と運、要するに勇者の力で)解決する、少数精鋭の特別国家公務員である。
国立狭間職業訓練校は、一年間で勇者或いはそれに類する人材を育てる。
訓練は体術、剣術、魔術、話術などの能力の中から、生徒に一番向いた能力を教え、伸ばすことを目的とし、勇者が行くまでもない簡単な事件の解決に特別派遣されることもある。特別派遣された場合は訓練費に遠征費がプラスされる――。
そこまで読んで、いきなり鳴った携帯に飛び起きて、その番号が博のものだったので、即、出る。
『合格おめでとう』
「あれで合格っていいわけなのか? 勇者には程遠い入試だったんだけど」
『受験者の思考能力や判断力を見る為の試験だからな。お前、結構いい点数取ってたぞ』
「それはウソだろ。オレ、ゴブリン一匹倒してない……あ、オークの頭ぶん殴ったか」
『入試は別に腕力を見るもんじゃない。現代日本じゃ勇者に相応しい肉体・精神力を持った人間は少ないからな。お前の場合、割と冷静な判断力と、リーダーシップが評価された』
「りいだあしっぷ?」
『結局あのチームまとめてたのはお前だろ』
「土田のおっさんはともかくとして……那由多くん……いや一馬くんか……あれは口だけで実際には何もできなかったろうし、ハルナさんなんかケガさえしなきゃ一人でクリアできてた」
『その曲者揃いの第三チームをまとめてゴールさせたのが高評価』
笑い含みに言われて、オレは首を傾げる。
単に、オレが言わなかったらみんな明後日の方向に飛んで行っただろうから仕方なく、だったんだけど。
『で? 合格はしたが拒否権はあるぞ。勇者ってのは危険な仕事だし、長丁場の派遣もあるからな。ただ、公務員扱いだから毎月給料が払われて派遣の時は危険手当がつく』
「いいとこばっかあげてるな。悪いとこは?」
『それを聞くか』
「聞いても答えは変わらないけどな」
オレは溜め息をついた。
「どっちにしたって家を出なきゃならない羽目になるなら、路上生活者より職業訓練中の方が外聞がいい。コレクションも捨てられないし」
『そりゃそうだ』
「しかも国立の職業訓練校、無料、卒業生の就職率百パーセントときたらかーちゃんも文句は言わない」
『国家公務員だからな』
「かーちゃんはオレが何かの職に就いているのが条件であって、オレが働いているんなら在宅でもパートでもバイトでも構わない」
もう一回溜め息をついて、オレは答えた。
「命の一つや二つかかっても、オレのコレクションは処分されたくない。しかも中古業者に二束三文で売られるような末路なんて絶対見たくない。そこで訊くけど、寮って何でも持ち込みOK?」
『OK』
「そこまで条件が揃ってるなら、そりゃあ行くだろ」
『命の危険はいいのか?』
「コレクションと命は天秤にかけるとコレクションの方が重い」
携帯の向こうで笑う声。
『それなら入学書類書いて学校に送りな。全寮制だけどかーちゃんから離れて暮らせられるんだから、儲けものだろ?』
「そーだな」
『んじゃあ、俺、これから忙しくなるからしばらく連絡取れないけど、ちゃんと入学式に学校来いよな。荷物が多いなら宅配業者に運んでもらえ』
それだけ言って、携帯は切れた。
そう、もう後戻りはできなくて、進む道は開けた、
行くしかないだろ。
オレは油性ボールペンを取り出して、入学申込書や入寮書類に我ながら汚い字で記入を始めていた。
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