第8話・ここは がっこう です
オーク三匹からある程度の距離を取り、追いかけてこないのを確認して、オレは息切らして彼女を抱えてる二人にストップをかけた。
二人は彼女を下ろして、座り込む。案の定、オレたちのパーティーは体力が致命的になかった。オレもかなり息切れしてたし、彼女を抱えてた土田のおっさんと那由多くんはもう息も絶え絶え、ぐったりしていた。
とりあえず、手当てを……。
と言っても、どうかなあ。
ゲームの中だったらヒットポイント回復アイテムで一発だけど、パンツから見える青黒く腫れあがった右足と、何で切ったか分からないけど左足から零れる血、そして右手には……血みどろのサバイバルナイフ。
こびりついた血の量からして、彼女の血じゃないだろう。彼女は真っ直ぐ目的地に受かっていた。その途中で出会ったモンスターのものだろう。
「とりあえず、何か拭くものを……」
彼女は無言で、腰からぶら下げていたポーチから、いくつかのアイテムを取り出した。
ミネラルウォーターと、包帯と、ガーゼと、消毒液。あと湿布。
「……自分でできるから」
「あ、そうですか」
ぼそりと言った彼女に反論も出来ず、オレも座り込んで、息を整える。
彼女は言った通り、自分で治療を始めた。
血の零れ落ちる傷口を水で流し、右手一本で器用に包帯を使って止血して消毒し、ガーゼを当てて包帯を巻く。
続いて湿布を足の青あざに当ててこれまた包帯を巻く。手慣れたもんだ。
ん?
待てよ。
「あのー、聞いて、いい?」
チラリとこちらを見て、彼女は再び視線を落とし、テーピングを始める。
それを「構わない」の返事とみて、オレは言葉を続けた。
「もしかして……試験内容、知ってた?」
ぴくり、と彼女は身じろぎした。
「どうして、そう思うの?」
「そりゃあ、その装備を見れば」
ようやく呼吸が整って、オレは彼女を指した。
「明らかに、ケガすること前提でそろえた装備。それを肌身離さず持ってたってことは、いきなり試験が始まって……ケガする可能性があって……そしてサバイバルナイフが必要な事態が起こるって想定したものだろ。オレらなんか、せいぜいスマホとライターくらいなのに」
「僕の目覚めぬ闇の力と、邪剣、
「出て来たら数に入れてやる。てかドラグナイトってなんだ」
「出て来たら僕に対するその
「出て来たらな。で? 彼女、お答えは?」
「……知ってた」
彼女はぼそりと答えた。
「なんで?」
「言えない」
訳アリか。とはいえ。
「合格する気はあるの?」
「え」
ふい、と彼女は顔を上げた。
「オレらガン無視して学校に向かってたけど、学校の位置が分かるってことは当然スマホ持ってんだよな? スマホのメール見れば、合格条件が分かる。四人揃って行かないと不合格。なのにこっちを合流しなかったってことは、合格する気はないってことになるぞ」
「足手まといは、邪魔だから」
「誰が足手まといだこの暗黒の貴公子流那由多様に向かって」
「大沢一馬くんは黙ってて」
「僕はそんな俗な名前じゃない立派な真名があって」
「要するに、列についた時点でオレたちはついてこれないと判断したんだな?」
「……そう。どう見ても、危険のある試験についてこれるようには見えなかったから」
包帯の切れ端でサバイバルナイフを拭いながら彼女は答える。
そこについた血の量を見れば彼女がどれだけのモンスターをぶった切って来たのかがよくわかる。
要するに彼女はサバイバルに自信があって、試験がその専門分野で、オレたちがどう見ても足手まといにしか見えなくて、一人で学校へ行って直談判しようとしたんだろう。
「じゃあ、今の自分の状況も見えてるな?」
一瞬彼女は顔をあげて、そして、目を伏せた。
「ケガをして血を流した。血の臭いに寄ってくるモンスターがいるかも知れない。足も打撲した……あるいは骨にひびが入ったかもしれない。結論、一人ではこの先に進めない」
「まー、さすがに入試で人死にが出るとは思えないけど、結構なケガだからなー。で、どうするよ。足手まといと一緒に行動するか? もしくは一人で救助隊でも待つか?」
「嫌な選択肢」
彼女はぶすっと呟いた。
「ここで待っても合格と言う答えは出ない。なら、足手まといと見なした貴方達と一緒に行くほかない」
「OK。なら、そろそろ移動開始するぞ」
ええ~とおっさんと那由多くんの不満の声が上がったけど、そうも言ってられない。
「時間は残り一時間。おまけにケガ人付きだ。そろそろ動かないと間に合わないぞ。どーせ那由多くんも学校落ちたら最悪の事態になるんだろ?」
「深淵の扉を開くために僕が集めた
「マテリアルって何だい」
「多分あってもなくても問題ないもの」
「僕は! 暗黒の世界に帰還し! 貴公子として君臨するための! 修行として!」
「ならこれも修行ね、ちゃんとおっさんと一緒に彼女支えんだぞ」
「…………」
那由多くんは相当不満があるらしいが、取り合えず黙り込んだ。
「じゃあ行こう。……そーだ、名前。名前聞いてなかったな」
「ハルナ」
彼女はぼそりと名乗った。
「
そして、オレの手に何かを乗せた。
血のりがキレイに拭き取られたサバイバルナイフ。
「今のわたしじゃ戦えない。貴方が持って」
「足手まといと認めた相手に武器を預けんのか? オレナイフの扱いどころか魚すらさばけないぞ?」
「先頭に刃物があると、行く手を遮ろうとするモンスターも警戒する」
「見せ武器ね」
「そう。主武器はその木の枝でいい」
「この棍棒はどうすれば?」
「それは貴方が自衛のために持てばいい」
「僕の武器は……」
「ドラゴンナイトだかドラグーンナイトだか知らないけど、いつまでたっても来ないな」
「
「はいはい、じゃあ行きましょうかね」
幸い、左手のナイフと、四人に増えた数が功を奏したのか、モンスターの姿を見ることなく、四十分くらい歩いて、建物が見えてきた。
「学校……?」
那由多くんが思わず足を速めようとして、ハルナさんの足がぐらついた。
「ケガ人抱えてんの忘れんな!」
「く……こんなもの、使い魔を召喚すれば簡単なのに……!」
「使い魔が出ないんだから自分の力使え」
相変わらずうだうだ文句を言う那由多くんを無視して、オレは遠くから建物を確認した。
門が見える。
『国立狭間職業訓練校』。
スマホのタイムを見る。リミットは後八分。先着順とは書いてなかったから、大丈夫。
「最後まで気を抜かないで」
低いハルナさんの声。
「校門前に落とし穴でも仕掛けてったらどうするつもり」
「トラップもありなのか、この試験?」
「それは聞いて……」
言いかけて黙り込む。
多分、彼女に学校のことを教えた誰かに遠慮してるんだろう。
オレはその言葉詰まりをスルーした。
「とにかく最後まで油断しないで行こう。下手すりゃドラゴンがお待ちかねかも知れないし」
「それは僕の」
「眷属だってなら先頭歩いてもらうぞ」
「……眷属ではないようだ」
だけど、ハルナさんの心配は余計だったみたいで、オレたちが校門を抜けると、ぱーん! と音が鳴った。
「おめでとうございます! 合格です!」
あの杖を持ったおねーさんが笑顔でクラッカーを鳴らしたのだ。
「二時間五十五分! 怪我人は出たようですが、全員きちんと揃って学校に辿り着きました! タイムリミット、ミッション、共に合格基準をクリアです! よって、国立狭間訓練校の入学を許可します!」
パチパチパチパチ、と手を叩く十数人の人たち。受験者じゃない。学校関係者?
その中に博を見つけ、思わず「ひろ」と出かけたが、ものすごい目で博がオレを見たので言葉を飲み込んだ。
「四月から、この学校で共に学び、職に就きましょう!」
「あー。それで思い出した」
中年腹が少し引っ込んだかもしれない土田のおっさんが、汗を拭き拭き言った。
「この学校で学んでなれる職業とは、なんだい? 国家公務員と聞いたが」
「はい、その職業は」
おねーさんはにっこり微笑んで言った。
「勇者です!」
……はい?
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