才能の無駄遣い《グレイソン side》④
今も脳裏にこびりついて離れないシャーロット嬢の晴れやかな表情と凛々しい目を思い出し、俺は真っ直ぐにダニエルを見つめ返す。
────不特定多数の人ではなく、特定の誰かを守りたいと思ったのはこれが初めてだった。
「こ、この女は剣の勝負なのに魔法を使ったんです!模擬戦とはいえ、真剣勝負なのにこれは……!」
「ナイジェル先生は補助程度なら、魔法を使ってもいいと言っていた筈だが?」
「うっ……!で、でも!剣術コースの人間なら、魔法になど頼らず戦うべきではないですか!?」
「それはお前の個人的な意見だろう?それを相手に押し付けるなんて、間違っていると思うが?」
反論にもならない彼の返答に、ツラツラと正論を並べ、言い負かした。
返す言葉が見つからない紺髪の男は『ぐぬぬぬぬ!』と悔しそうな表情を浮かべ、拳を強く握り締めている。
完全な逆恨みから始まった言い合いに、今まさにピリオドが打たれようとしていた。
「ぼ、僕はこの女に話があるんです!部外者であるグレイソン殿下は口を出さないでください!」
苦し紛れに紡いだ言葉は幼児と同レベルで、聞くに絶えない。
でも、彼の言い分にも一理あるので、とりあえず口を閉ざす。
『さあ、シャーロット嬢がどう出るか』と彼女の動向を見守っていれば、タンザナイトの瞳と目が合った。
青々とした瞳は空のようであり、海のようであり、澄んだ水のようでもある。紫髪の美女は僅かに目元を和らげると、口パクで『ありがとうございます』とお礼を言った。
どうやら、理不尽に屈する気は毛頭なかったらしい。
わざわざ俺が口を挟むまでもなかったかもしれんな。
「────ダニエル様、申し訳ありませんが、謝罪も弁解もするつもりはありません。理由はさっきグレイソン殿下が述べた通りですわ。私は何も間違ったことはしていませんので」
顔に笑みを貼り付け、ダニエルの要求をキッパリ断ったシャーロット嬢に迷いや躊躇いは感じられなかった。
ただ真っ直ぐに前を見据える彼女の姿に、紺髪の男は一瞬たじろぐ。
だが、相手が自分より弱い立場の人間だからか、素直に引き下がろうとはしなかった。
「生意気な女め……!直ぐに謝れば許してやろうと思ったが、口先だけの説明じゃ理解出来ないようだな!いいだろう!ならば、体で分からせてやる!」
そう言うが早いか、ダニエルはバッと両手を広げ、ニヤリと笑う。
「《フレイムスピア》」
中級魔法の詠唱と共に顕現したのは炎の形をした複数の槍だった。
暴挙と呼ぶべき蛮行に、思わずダニエルの正気を疑ってしまう。
まともな人間なら、ここで実力行使に出ようとは思わないだろう。
暴行に走るのは百歩譲っていいとして、植物園の近くで火炎魔法を使うのはさすがに有り得ない。ただ火をつけるだけならまだしも、あいつはそれをこっちへ投げようとしている。雑草がたくさん生えているこの場所で、だ……。
普通に考えて、火事になるのは目に見えていた。
植物園には貴重な植物が数多く育てられている。温室の中にまで火の手が回ったりしたら……始末書どころの騒ぎじゃなくなるだろう。
あいつはそれを見越した上で火炎魔法を使っているのか?それとも、何も考えずにこんな真似を……?
「────ダニエル様、最初で最後の警告です。今すぐ魔法を解除し、投降してください。今なら特別に見逃して差し上げます」
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