才能の無駄遣い《グレイソン side》③

「申し訳ありませんが、グレイソン殿下に用はありません。用があるのは────そっちの女ですから」


 そう言って、ダニエルは俺の後ろからひょっこり顔を出すシャーロット嬢に目を向けた。

面倒臭い気配を察知した紫髪の美女は心底嫌そうな顔をしながらも、ブレザーの上から降りる。

そして、上着に掛けた魔法を一度解き、それを羽織り直した。


「大方予想はつきますが、念のため用件を伺いしましょう。コリンズ家の次男坊ともあろうお方がしがない子爵令嬢に何の用でしょうか?」


 茂みに足を突っ込んで俺の前に躍り出たシャーロット嬢は紺髪の男と真正面から向き合う。

対話する姿勢を見せた彼女に対し、ダニエルは『ははっ!』と乾いた笑い声を上げた。


「用件?そんなの決まっているだろ!しがない子爵令嬢であるお前が模擬戦で僕に勝ったことだ!魔法なんか使って、小細工しやがって……!今すぐ僕に謝罪しろ!そして、『卑怯な手を使って勝ちました』と公言するんだ!」


 ビシッとシャーロット嬢を指さす紺髪の男は両目を吊り上げ、険しい表情を浮かべた。

予想通りの用件に『やっぱりか』と思いつつ、俺は溜め息を零す。


 剣を握ったこともないような素人に負けて、悔しいのも恥ずかしいのも理解出来るが、謝罪を求めるのは明らかにおかしい。

ナイジェル先生も言っていたが、油断していたこいつが悪い。己のミスを棚に上げ、対戦相手を責めるなど……格好悪いことこの上なかった。


「『卑怯な手を使って』と言うが、どこら辺が卑怯なんだ?シャーロット嬢はルール違反などしていなかったと思うが……」


 理不尽極まりない彼の言い分に黙っていられず、横から口を挟んでしまう。

二人の問題に口出しするべきではないと理解しているが、面倒臭がり屋な彼女なら謝ってしまうと思ったのだ。

シャーロット嬢は『自分は悪くない』と理解していても、面倒事や厄介事を避けるため、相手の意思に従うところがある。長い間、姉の言いなりになっていたのがいい例だ。


 才能ある者が無能な輩に踏み潰される場面は見たくない。何より────『姉の引き立て役をやめる』と宣言した時の気高さが彼女から失われるのが嫌だった。

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