フリューゲル学園②

「ええ、そうです。私はスカーレット・ローザ・メイヤーズの妹ですわ」


 アイザック様の言葉を肯定すれば、彼は『やっぱり!』と手を叩いて喜んだ。


「スカーレットと顔が少し似ているから、そうじゃないかと思っていたんだ。君の話もよく聞いていたからね」


「私の話、ですか……?」


 私のことを引き立て役の道具としか思っていない姉がわざわざ私の話を……?それも、生徒会役員のアイザック様に……?一体どういうことかしら?


 姉の奇妙な行動に首を傾げつつ、『失礼ですが、どんなお話を?』とアイザック様に尋ねる。

すると、彼は微妙な表情を浮かべ、曖昧に笑った。


「大したことない話だよ。君のことについて、ちょっと聞いただけ……色々大変だろうけど、頑張ってね」


 励ますように私の腕を軽く叩くと、アイザック様はクルリと身を翻した。

二年生と思しき生徒からリストを受け取り、『入学式まであと二分もないのに、もう一人の生徒は何をしているんだろう?』と呟いている。

言うまでもなく、話し掛けられる雰囲気ではなかった。


 あの表情と謎のエールは一体……?それに『色々大変だろうけど』の『色々』がどういう意味なのか気になる……。

普通に考えるなら、『学園生活は慣れないことばかりで大変だろうけど』という意味になるけど、そうじゃない気がする……。


 アイザック様の言動に妙な違和感を覚えていると────背後からコツコツと誰かの足音が聞こえた。

特に何も考えず、後ろを振り返れば────黒髪の美青年が目に入る。

どこかミステリアスな雰囲気を放つ彼はこの世のものとは思えないほど美しくて……ついつい見惚れてしまった。


 闇より黒く夜より暗い色を宿した黒髪に、ラピスラズリを連想させる瑠璃色の瞳。キリッとした顔立ちは美しいのに、どこか冷たい印象を受ける。滑らかな肌は陶器のように白く、薄い唇は言い表せぬほどの色気を放っていた。


 比較するのは失礼かもしれないけど、アイザック様よりも美しいわ。

まるで別次元の人間みたい……こんなに美しい人がこの世に居るのね。


「遅れて申し訳ありません。ここに来る途中、脱輪事故がありまして……修理に時間が掛かってしまいました」


 耳心地のいい声が鼓膜を揺らし、『美形は声もいいのか』とおかしな感想を抱く。

誰もが謎の美青年に見惚れる中、アイザック様がコホンッと軽く咳払いした。


「事故なら仕方ありませんね。先生達には僕の方から伝えておきます。間もなく入学式が始まるので、列の最後尾に並んでいて下さい」


「分かりました」


 アイザック様は彼が頷くのを確認してから、この場を離れ、そそくさと第二ホールの中へ入っていく。

掛け時計に視線を移せば、時計の針はちょうど九時を指していた。


 いよいよ、本番ね。特にこれといって、やることはないけど、居眠りしないように頑張りましょうか。


 アイザック様に抱いた違和感なんて忘れて、私は入学式に思いを馳せるのだった。

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