第一章

八年後①

 ────それから、八年後の春。

心地良いそよ風に吹かれ、パッと目を覚ました私はゆっくりと身を起こした。

寝起きでぼんやりとする意識の中、紫を基調とした部屋を見回す。

蝶々をモチーフにした壁紙や家具が目に入り、『あぁ、ここは自室か』と一人納得する。


 昨日は夜遅くまで参考書を読み漁っていたから、部屋に戻った記憶が無いわ。誰かが運んでくれたのかしら?


「それにしても、眠いわね……寝不足のせいか、変な夢も見ちゃったし」


 『姉の引き立て役になる』と誓ったあの日の出来事を夢で追体験した私は溜め息の代わりに欠伸を零した。

最悪の夢見だと唸りながら、近くにあった枕をギュッと抱き締める。


 私はあの日の誓いを忠実に守り、間違っても姉より目立たないよう務めてきた。

貴族として必要な礼儀作法も勉強も人並み程度の成績に抑えてきたし、ダンスや乗馬も出来るだけ力を抜いた。

幸い、姉は優秀と言われる部類に含まれていたため、最底辺のレベルまで成績を落とすことはなかったが……その分、授業は面倒だった。

既に理解している部分を何度も何度も教えられ、テストの時は平均点を取れるよう点数を調整しないといけないから……。これほど苦痛だと感じた時間はなかった。


 でも、その甲斐あってか当初天才だと持て囃されていた私は完全に凡人と見なされ、大人達の関心は離れていった。

その代わり、姉のスカーレットに注目が集まり、『優秀な姉と平凡な妹』と揶揄われるようになったけれど……。

でも、それで姉の機嫌が良くなるなら、別に構わなかった。


 私の願いはただ一つ。優しい殿方と結婚して、平穏な人生を歩むこと。それ以外に望むことはない。

だから、その弊害になりそうな姉の機嫌を取るためなら、酷評くらい甘んじて受け入れる。所詮はメイヤーズ子爵家内のことだしね。


「今日も姉の引き立て役として、全力を尽くしましょうかね」


 誰に言うでもなくそう呟くと、私は『んー!』と体を伸ばしてタンスの上に置かれたベルに手を伸ばす。

チリンチリンと二・三回ベルを鳴らせば、廊下で待機していた侍女軍団がノックと共に入ってきた。

顔見知りの彼女達に『おはよう』と声を掛け、着替えを手伝ってもらう。

流れるような動作で寝着を剥ぎ取られ、白のYシャツやスカートに腕を通した。

最後にドラゴンの紋章が刺繍されたブレザーを羽織る。


「制服、よくお似合いです。シャーロット様もついにフリューゲル学園に入学する日がやって来ましたね」

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