姉の引き立て役に徹してきましたが、今日でやめます

あーもんど

序章

プロローグ

 ────五歳の誕生日を迎えた次の日、私は貴族の慣習に従い、勉強を始めていた。

貴族令嬢として必要不可欠な礼儀作法やマナーはもちろん、魔法や歴史の知識まで……。

まだ初日のため基礎しか学んでいないが、講師からは『記憶力も去ることながら、読解力も素晴らしい!』『貴方はまさに天才だ!』と大絶賛を受けていた。

中には二つ年上の姉より、筋がいいと口走る者も居る。


 才女だと持ち上げられる当事者としては『大袈裟だな』としか思わなかった。

でも────引き合いに出された姉はそうじゃなかったようで……屋敷の裏庭に私を呼びつけた。


「────シャーロット。貴方、最近調子に乗っているでしょう?」


 私のことを『シャーロット』と呼ぶ彼女こそ、私の実の姉であり、メイヤーズ子爵家の長女である────スカーレット・ローザ・メイヤーズだ。

水色に近い透明感のある青髪に、海を連想させるタンザナイトの瞳。あどけない顔立ちは大変愛らしく、ほんのり色づいた頬はチャーミングだった。

お人形さんみたいに整った容姿をしている姉だが、その愛らしい顔は怒りで歪んでいる。


「調子に乗っているとは、どういう意味でしょうか?スカーレットお姉様」


 タンザナイトの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、そう問い掛ければ、彼女は眉間に深い皺を作った。

『何故、分からない!?』とでも言いたげな表情を浮かべ、扇を手のひらにパンッと勢いよく打ち付ける。

威嚇のつもりでやったんだろうが、怯むよりも先に赤くなった彼女の手を心配してしまった。


「あの、お姉様。手のひらが赤くなって……」


「そんなことは今どうでもいいの!」


 キーンと耳鳴りがするほどの大声に思わず口を噤めば、青髪の美少女がこちらに詰め寄ってきた。


「シャーロット、貴方講師たちに天才だと持て囃されているそうじゃない?しかも、姉の私より優秀だって……!」


「え?あ、えっと……それは……」


「言い訳なんて聞きたくないわ!」


 弁解するチャンスすら与えてくれない彼女はキッとこちらを睨みつける。

『気に入らない』とタンザナイトの瞳が強く訴えてきた。


「シャーロット、いい?よく聞きなさい。妹は姉を立てる存在なの。姉より目立ったり、優秀になることは許されない。だから────」


 青髪の美少女はそこで言葉を切ると、扇の先端をポンッと私の胸元に当てた。


「────私の引き立て役になりなさい、シャーロット」


 疑問形ですらない命令口調に、姉の強い意思を感じる。

愛らしい顔立ちとは不釣り合いな支配欲に、私は内心溜め息を零した。


 ここで姉の申し出を断れば、十中八九彼女との関係が悪くなる……ただの姉妹きょうだい喧嘩で終わる可能性は低いわ。

これが赤の他人なら気にする必要なんてなかったけど、実の姉と仲違いする事態は避けたい……面倒なことになるのは目に見えているもの。

そうなると、選択肢は一つしかない訳で……。


 強い意志の籠ったまなこを見つめ返し、私は『はぁ……』と小さな溜め息を零した。


「分かりました。スカーレットお姉様の望む通りに致します。貴方の引き立て役に徹しましょう」


 面倒事が嫌いな私は『姉の引き立て役』という道を選び、己の実力を隠すことを誓った。

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