ブラッディ・メアリー

 私には、どうしてもやめられないことがある。

 あれは、中学生のころだったか。家族が寝静まった頃、こっそりベッドを抜け出して、毎晩毎晩していたひとつのこと。

 コップに半分もない、その真っ赤な液体を、一気に飲み干す。

 体中に活力が満ちる感覚。潤うと同時に、ひどく渇くような、体の奥が燃える感覚。

 夜毎よごとにそれを味わって、私は家族とは違うんだ、ということを噛み締めていた。


 その癖は大人になった今でも続いている。

 家族には大学進学と同時に家を出るまでばれなかったが(あるいは、気づいていたけれど言わなかったのかもしれない)、今同棲しているパートナーには、割とすぐばれた。どうやら眠りが浅いらしく、私が夜中に起きだしてごそごそやっているので目が覚めたらしい。

 最初は驚いた顔をしていたが、私の手からコップを取り上げ、中の赤い液体をひとめすると、妙な笑みを浮かべて、やめなよ、と軽くいなしただけだった。

 その時私は、お前も同類か、と心の中で呟いたのだった。


 今晩も、布団を抜け出してこっそりとその液体を摂取しにゆく。

 今日、家に居るのは私ひとり。とがめられる心配もない。

 小さめのコップに、半分以下。一度に摂取できる量は限られている。

 赤く輝く美しい液体に、思わず喉を鳴らした。

 いざ、そのルビーのような赤を食道に流し込もうとした、その時。

 ぱちっ。

 部屋の電気がついた。

「あ、また飲んでる!」

 そこには、今日帰ってくるはずでなかった、パートナーの姿があった。

「やめなってば。こんな夜中に、刺激物とって」

 コップを取り上げられてしまう。

「なんだよう。なんで帰ってきたの」

「なんだその言い方。やること終わったから帰ってきただけでしょうに。そっちこそなんだよ、いい加減やめなさいよ、吸血鬼ごっこなんて」

 コップの中身は流しに捨てられてしまった。

 ああ、もったいない。私のタバスコ入りトマトジュース。

「だって、もう、なおらないもん」

「そういうのを中二病っていうんじゃないの?」

 そういって笑われた。

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