第2話
案の定、足音の方へ行けば不審な進み方で夜道を行く者たちがいた。薄暗がりで顔はよく見えないが、背格好からして男性であり、そう年老いてもいない。緊張した足の運び方などから察するに、それなりに体幹を鍛えていると見受けられた。男たちは数少ない街灯すら避けるように、影を選んで先を急ぐ。
一団の足が止まったのは市街地の入り口にある家の前だった。ロスの記憶では、確か今の州長の自宅のはずだ。しかし州長が、先ほどまでロスがいた館の方へ居を移しているのは周知のはずであり、確か自宅には現在、娘が一人だけ老齢の祖母の世話で残っていると聞いていた。そんなところに夜に大勢が押しかけるほどの用があるはずもない。
家からややもしない緑地に身を隠して次の行動を伺う。しかし見ていると、男たちは家の玄関口を叩こうともせず、一人だけ扉の前に残ると一人は窓から漏れる光に隠れて中を伺い、もう一人は裏の方へ回ろうとする。明らかに気取られないよう室内の様子を探っている。
先ほど州長との話で持ち出された夜盗の一件。しかし妙だ。確かに官吏の中でも州長の棒給は良い方だが、うまいこと行っている商人の方が資産は格段に多い。実際、狙われているのは財のある家ばかりである。
カエルムと見た書類を頭の中でもう一度、一つ一つ記憶の限りで確認する。すると、あることに気付いた——もし自分の推測が正しいなら、納得はできる。だが——
——状況的にはちょっとまずいな。
家の周りにいる者の数は三人だが、物置と思しき小屋の背後に一人、側の街灯の影に一人、ついでに緑地の中にも、ロスから少し離れた位置に何名かいる。このまま全員を相手にするのは流石に手に余る。
だが逡巡している間はなかった。玄関口にいる男の一人が扉の取っ手に手をかけたのである。
「ちょっとそこの人、大勢で何の用かな。その家への用事なら代わりに聞くけれど」
突然静寂を破った声に男たちの体がびくついた。明らかに良からぬことを企む人間の反応だ。そして奴らがこちらを向いた時にその手元で金属が光ったのも、ロスは見逃さなかった。
玄関口の男がほとんど聞こえないほど低く返答する。
「なんだお前」
「なんだって聞いてるのはこっちなんだけどね。まあ短期滞在でね。ちなみにこんな夜中に訪ねる急用があるとしても、そこに州長はいないよ」
とにかく家の中に踏み込ませてはいけない。娘夫人を守りながらこの人数を相手にするのは無理だ。まずは自分だけに注力するように仕向けなければ。反応からして一人一人の腕はまだ甘い。この程度なら片付けられるか、そこまで行かずとも騒ぎを聞きつけた当番の自警団が来るまでの時間稼ぎくらいなら可能な範囲だ。そう判断し、ロスは敢えて休みなしに言葉を続けた。
「……ってことくらいは知ってるんだろうけど。夜盗とかいう評判の人間か、それとも……」
「おいお前、何を知っている?」
ジャリ、と低い位置で音がする。家の脇にいた二人がこちらに踏み出した。頭は単純らしい。挑発には簡単に乗ると思ったが、その通りだったのは取り敢えず幸いか。
「豪商や豪農を狙わないのがおかしい。何か個人的な恨みでもあったか?」
家を取り囲んでいた全員がロスの方へ一歩近づき、刀を構える。どうやら推測は当たりだ。
「兄さん、喋りすぎたな」
あーなんかもうこういう奴ら、ありきたりすぎて様式美にすらならないなぁ、とうんざりする。だが、消されていた気配が全て夜闇から姿を現した時、ロスの背筋が瞬時に強張り、咄嗟に自分も剣を抜いた。
「威勢がいいな。だが、ここに居合わせるとは、運の方は悪いな」
ほんとその通りだよ、と内心で自嘲気味に愚痴りながら、男を睨みつつも視界の端まで物の動きを確かめる。
「この辺じゃ見ない顔だ。いなくなってもなかなか気付かんだろう」
物陰から出てきたのは五人、先ほどから見えていた者たちと合わせて計八人。誰もが得物を手にしている。額に汗を感じ、連中の動きを探る。正面に三人、左右に一人ずつ、後ろには三人。しかもその三人は今、揃ってこちらの背中に剣を向けた。
鍵は踏み込みの瞬間を見極められるかだ。振り下ろされた刃を上手く払えば二人くらいは巻き添えにできる。だが同時に別の二方向から来たとしたら応じられるか。
認めたくはないが不利だ。
相手のどんな微細な動きでも捉えるよう、囲まれた全方向に神経を研ぎ澄ます。絶対にやりたくない最後の一手は逃げだが、屋内の二人を助けるため自動的にその選択肢は消える。だとしたらやり合うしかないとはいえ、自分の技量でもこの数を倒せるかは読めない。
「ちょっと消えといてもらおうか」
先の男が冷えた声音で述べる。四方同時に、男たちとの間合いが僅かに縮まる。
本気でまずい、と覚悟した時だった。
「それは困るな」
少し離れた後方から、涼しい声がした。
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