第3話

「あ」


 灯火の下に姿を表したのは、遠目からでもその端正な顔立ちが分かる細身の美丈夫——泰然とこちらを見ているカエルムだった。剣を携えてはいるものの、格好は先ほど館の部屋にいた時のままの軽装だ。まさか明らかに怪しいところへ主人が一人で来たのか。


「何やってんですか、まさかこんなとこに追いかけて来て」

「五月蝿い」


 鋭く発せられた一言が冷徹に問いを遮り、蘇芳の瞳がきつくロスを一瞥する。


 ——これは、本気でまずい。


 男達に囲まれた時よりも切に感じる。

 理由はわからないが、極限まで怒っている。

 たちまちのうちに生じた異様に高い緊張は二人にしか分からないようだ——いや、ロスだけに、かもしれないが。周囲の男たちは二人目の出現に虚をつかれたようだが、それも束の間で、ロスと相対していた男が姿勢を立て直し、嘲笑混じりにカエルムを見た。


「なんだ、優男じゃねえか」

「こんなところに首突っ込むと、兄さんの綺麗な顔が崩れるぞ」


 恐らく暗闇なのと、カエルムの怒りが今のところ何故かロスに向けられているので、彼らは対峙するだけで震撼させるこの冷えたに気がついていないのだろう。「まずい、本気でやばい、これ止められんの姫様だけじゃないのか」、というロスの焦りはよそに、男たちは工夫のかけらもない科白を並べ続ける。


「こっちはこういう場にはちっと慣れてるからなぁ、兄さん。一介の市民がやり合っちゃいけない相手だぜ」


 連中の中にどっと笑いが起きる。だがカエルムはやっと視線をロスから男達の方へ向け、美麗な顔に剣呑な笑みを浮かべる。


「私をどう言おうが構わないが、言葉を間違えたな。このシレアに『一介の市民』などと呼ばれる謂れのある国民はいないのだが?」


 凛と通る声と共に伝わるあまりの圧に、男たちは笑いを止めた。そこからくだけた姿勢を立て直すのに一瞬の間が開く。

 だが、カエルムの方が速かった。

 気づいた時には、ロスの後面にいた男の一人が呻き声を上げ崩折れた。倒れてくる男に巻き添えになって隣の輩がよろめいたところを、カエルムは鞘に収まったままの剣で強打する。そしてその直後、姿が視界から消えたと思えば、左から加勢しようと踏み込んだ者が背中から地面に落ちた。脚を払われたのだ。


「残り五人か。これならさっさと片付くだろう」

「ですね」


 ロスと自分の間にいた邪魔が無くなったので、カエルムは従者の脇に並んだ。まだ相手の方が倍以上はいるが、二人なら立ち位置次第でだいぶ守りが効く。呆気に取られている残りの者達を標的に定めると、カエルムは再び踏み込みの姿勢へ移った。


「咎人に医師団の時間と手を使わせるのが勿体無い。全員、気絶させるだけでいい」

「同感です。命のままに」


 ロスは抜き身の愛剣を鞘に戻して構え直した。先に感じた冷気は無視できるものではないが、とりあえずは仕事を済ますのが先だ。というかちょっとでいいから忘れていたい。

 隣の主人と目を見合わせ、どこから攻めるか確認し合う。目の前にいるような格下なら、二人いれば恐れが起きるどころか相手にもならない。

 むしろ、一番の恐怖は不審者どもを片付けた後である。

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