第29話 触手さんは一枚一枚丁寧にわたしのお洋服を剥ぎ取って(後編)
「――ミーちゃん! ベルちゃん!」
広間に駆けつけると、ミーちゃんとベルちゃんは触手さんに逆さ吊りにされていた。
ベルちゃんはおパンツ丸見えだ。
「クーちゃん!」
「お姉さま!」
ふたりは突然のわたしの登場に目をうるませている。
でもそれだけじゃない、藍晶ちゃんと翠晶ちゃんも驚いているのがわずかに見て取れた。
「なぜ、あの料理を食べて?」
「なぜ、動くことが?」
「も~、お料理に毒を仕込むなんてひどいよぉ!」
ぷんぷん怒ってみせる。
「ど、毒!? クーちゃん毒を盛られたの!? っていうかその格好なに!?」
「それは吸血鬼の衣装……まさかグレーチェになにかされたのですか!?」
「うん、
むん! とマッチョさんのポーズを決める。
「最初は動けなくてフルーチェさんにお着換えさせられちゃったけど、でもこの吸血鬼のお洋服すっごくかわいいし、
「さ、さすがは月の聖女……
「ああ、お姉さま! お姉さまったらお姉さま!」
「えへへ、ミーちゃん、ベルちゃん……って、のわ~っ!?」
シュルッと触手さんに巻き付かれて宙ぶらりんにされてしまった。
わたしもベルちゃんみたいにおパンツ丸見えだ。
これでは身動きがとれない。
「ごめぇんミーちゃん……ベルちゃん……また油断しちゃったぁ……」
「ええ……」
「お、お姉さま……」
かっこよく駆けつけたのに、これじゃあ
「想定外、だけど問題ない」
「想定外、だけど捕らえた」
藍晶ちゃんと翠晶ちゃんの赤い瞳が輝きを増した。
「えっ!?」
触手さんはぬるぬるうねうねと動いてわたしのお洋服の中にまで入り込んでくる。
「な、なんでぇ!?」
「服を無がして無力化」
「服を脱がせば問題ない」
「んっ!」
ピクン、と体が跳ねてしまった。
触手さんの表面はぬるぬるザラザラしていて、肌に触れるとこそばゆい。
まるで犬の舌みたいだ。
「ひゃ、ひゃああああ……!」
わざとなのか、指の先で撫でるみたいにやさしく
「あ、ひぁ……!」
ゾゾゾッ……、と身の毛がよだつ。
お股も、お胸も、お腹も、太ももも、ニュルニュルと巻き付かれて唾液まみれだ。
それなのに……。
「は……あ……」
ザラついた先端で体を這われると、なんだか頭がぽわぽわしてしまう……。
き、気持ちいい……。
「はぁ……はぁ……」
「ク、クーちゃん……?」
「や、やぁ……見ないで……見ないでぇ……」
「な、なに言ってるの……?」
「お姉さま!」
触手さんは一枚一枚丁寧にわたしのお洋服を剥ぎ取っていく。
「あ……ふ……」
わたしはただ虚ろな瞳でそれを眺める。
そして遂にブラとおパンツの中にまで触手さんが入り込み、脱がされてしまった。
「はうう……」
わたしは一糸まとわぬ姿で宙吊りにされている。
しかもなぜか
こんなの、こんなのって……。
ただの変態さんだよ……!
「ふ、ふえ……ふえええええ…………」
「クーちゃん!」
「お姉さま! なんとか抜け出してくださいまし!」
「だ、だめ……体に力が入らないの……もうお嫁にいけない……」
「クーちゃん!」
「お姉さまぁ!」
「今度こそ、聖女の仲間を」
「今度こそ、邪魔は入らない」
ふたりはお互いの手のひらを合わせ、鋭い先端を持った触手を操りはじめた。
そしてまたしてもミーちゃんとベルちゃんの目の前に展開した。
「うげぇ……」
「絶体絶命ですわね……」
ふたりは為すすべなくそれを見つめている。
「さようなら、強く美しい人」
「さようなら、永遠なるやすらぎを」
「だ、だめ……」
ミーちゃんとベルちゃんが、やられちゃう……。
わたしの大切な友達が、いなくなっちゃう……。
そんなの……そんなのって……。
触手は弾みを付けるように大きく反り返り、
そして――
「だめえええええええっ!!!!!」
――――――――。
――――。
――。
「……あ、あれ?」
ミーちゃんは目をパチクリさせている。
「ど、どうして生きていますの?」
ベルちゃんもきょとんとしている。
触手さんの切っ先は、ふたりに突き刺さる寸前に動きを止めていた。
「……なぜ?」
「……どうして?」
今度は藍晶ちゃんと翠晶ちゃんの動揺が明らかに見て取れた。
「言うことを、聞かない」
「どうし、て」
触手はうねうねと動き出す。
「……ん?」
うねうね
「……んん?」
「どうしたの、クーちゃん?」
「う、うん……なんかね……触手さんを、動かせるの……」
「え?」
「ほ、本当ですのお姉さま!?」
「うん、ほら……」
ふたりの目の前の触手さんを動かして『パラパラ』を踊らせる。
『パラパラ』とは手をリズミカルに動かすだけでそれっぽく見える、いま
パラパラ
フォーッ
「こ、これは……お姉さまの身にいったいなにが……?」
「こ、これは、まさか……」
ミーちゃんはわたしを見て、
「触手に、『お着換え』したんだ!」
「……えっ!?」とわたし。「触手さんに『お着換え』!?」
「そうだよクーちゃん! 触手が洋服判定されたんだ!」
「触手さんに『お着換え』……」
ワナワナと震える。
「触手さん……かわいくない……」
「そこ大事!?」
「でもそうか、だから触手さんが手足になったような気分なんだ!」
触手さんの『パラパラ』を加速させる。
高速パラパラだ。
「すごい! すごいよクーちゃん!」
「さすがですわお姉さま!」
藍晶ちゃんと翠晶ちゃんはぼんやりと触手さんの『パラパラ』を見つめていた。
「月の聖女、理解不能」
「月の聖女、奇妙奇天烈」
ふたりの瞳が一際紅く光った。
「あ」
わずかに触手さんが勝手に動き、パラパラを踊る手付きが乱れた。
ふたりは必死に触手さんのコントロールを取り戻そうとしているんだ。
でも、
「え~い!」
負けじとパラパラを加速させると、ふたりは頭を抱えてよろめいた。
「月の、聖女……」
「負けるわけには、いかない……」
ダッ!
今度はわたしに飛びかかってきた。
「よっ! はっ!」
ニュルニュルン! と巻き取ってしまう。
すると女の子たち『人形』さんも糸が切れたように床に倒れた。
ふたりの力が弱まっているんだ。
わたしはミーちゃんとベルちゃんを床に下ろすと、捕まえたふたりの元へ。
「ぐへへ……悪い子はいねが~」
大量の触手をうねうねさせながら「うが~」と歩み寄る。
「藍晶には、使命がある」
「翠翔には、使命がある」
もう力もほとんど残っていないはずなのに、それでもふたりはなんとか抜け出そうと必死にもがいていた。
「グレーチェ・スティリル・アルセラート・アンダーハート様のために……」
「負ける、わけには……」
「…………」
ふたりはフルーチェさんのために必死になって戦っている。
人形の子たちみたいに完全に自我が奪われているようには見えない。
と、いうことは……。
「…………うん」
触手でぐるぐる巻きにしたまま、壁を背に座らせてあげた。
「……?」
「……?」
ふたりはきょとんとわたしを見る。
「後で迎えにくるから、ここにいてね」
「…………」
「…………」
「――クーちゃん!」
「お姉さま!」
ミーちゃんとベルちゃんが駆けてきた。
「クーちゃん、瑠々がクーちゃんを探しに奥へ行っちゃったんだ!」
「うん! フルーチェさんがここに来てないってことは遭遇しちゃった可能性が高いね!探そう!」
「お、お姉さま……! そ、その触手でわたくしを攻めてくださいまし……! はぁっ……はぁっ……!」
「そういうのは後でね、ベルちゃん」
「ていうかクーちゃん、触手のまま行くの!?」
「うん! おっきなタコさんになった気分なの!」
「ま、まあいいけど……」
「さ、早く行こう!」
勢いよく駆け出した。
触手さんになったわたしの動きは思いもかけずに速かったけど、床がぬるぬるになってしまって滑って転んでふたりには不評だった。
(つづく)
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